民俗学読書案内「廣田龍平『ネット怪談の民俗学』」

2000年代のネット怪談について考察した話題書をようやく手に入れました。

すでにネットでいろいろ評判は聞いていたけれど、評判にたがわぬ内容でした。

「きさらぎ駅」「くねくね」「八尺様」「時空のおっさん」「コトリバコ」「ニンゲン」などの主要なネット怪談を網羅しています。が、ただ怪談ネタを羅列してるだけではなく、それらの怪談がどのように生まれ、どのようにネット空間で発展していったかという、「ネットにおける怪談の発生と変化」に重点が置かれています。

あとがきに「一般向けの本であるが、いろいろと新しいことを主張している学術書である」と書いてあるのだけど、まさに一般書のわかりやすさとおもしろさ、学術書の専門性と緻密さを兼ね備えた本でした。民俗学エンタメZINEを作っている僕としては、本職の学者さんにこういう本を作られると、ちょっと嫉妬します。勘弁してよ。

さて、本書で興味深かったのが、「共同構築」というキーワードです。本書ではネット怪談が共同構築される過程を細かく追っています。

まず、発端となるもの、すなわち「元ネタ」がネット上、特に掲示板に投下されます。体験談だったり、ウワサだったり、実況だったり、画像だったり。そこに描かれる怪異をあまり具体的に説明・解釈できないようなものが多いです。

するとこの元ネタに対して、他のネット民が様々なものを「追加」していくのです。「似たような話を知ってる」「自分も似たような体験をした」という情報や、「それはこういうことなんじゃないか」「民俗学で言うアレじゃないか」という考察、元ネタからイメージして作った画像、「現地に行ってみた」「自分も試してみた」というオステンション動画などなど。こうしてやや抽象的だった元ネタに、様々な情報・設定・考察が追加されていきます。これが共同構築なのです。

かつての村社会では、親から子供、そして孫へとハナシが伝承されてきました。また、村から村へと移動する人々が、一つの村に伝わるハナシを、隣の村、そのまたとなりの村へと、少しずつ伝播していきました。この「時を越えた伝承」と、「距離を越えた伝播」の中で伝言ゲームのように変化していく口承文芸を研究するのが、従来の民俗学です。

ところが、ネット怪談の場合、共同構築によって短期間で様々な設定が追加され、ネットワークによって距離を無視して一気に拡散する。従来の民俗学が追ってきた「伝承と伝播による変化」とは違う現象が起きているのです。

「都市民俗学」という概念があります。現代都市の民俗を研究しようという試みですが、それまでの村社会の民俗学の手法がそのまま通用せず、その方法論を模索しながら少しずつ研究を進めています。その上さらに、ネット社会の登場により、これまでの「伝承と伝播」を前提とした方法論では紐解けない時代がどんどん構築されています。

これまでの方法論が通用しない新たな時代に民俗学はどう切り込んでいくのか。それぞれのやり方を模索する中、「共同構築」という切り口は、ネット黎明期の怪談のみならず現代のSNS社会に切り込める、一つの武器となりうるかもしれません。

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