後悔をしない為にさ
彼女はそう言って僕についさっき関わった事故の話を少し震えながらしてくれた。これは僕が彼女の家に着いて彼女を待っている間の出来事だ。
"事故処理してておそくなる!ごめんまた連絡する"
短い電話だった。一瞬彼女自身が事故に巻き込まれたのかと心配したが、さっきからやけに道路を救急車やパトカー、消防車が走っている。きっとどこかで起きた事故に遭遇したのだろう。
"別にいい人ぶる訳じゃないけどあの事故を見て見ぬふりして何もしなかったら後悔してたと思うし、でも今だって足がすくむ"
彼女はそう言いながら布団にくるまってうつ伏せのまま、ポツリポツリと話し始めた。
なんか、いるよね?
仕事の帰り道、上司と共に乗る車で偶然彼女はその現場に出会した。どうやら大型トラックが右折しようとした軽自動車にぶつかった様だった。しかし右折したはずのその軽自動車は右折とは真逆の方向に180°回転する形で、フロント部分がほぼ潰れた状態で停車していたという。
ぶつかった後スリップしたのだろう。右折しようとしたその方向とは真逆に破片が散らばっていた。彼女達は2車線ある内の右側を走っており、この2車線に跨る様に、ちょうど信号と信号の間にあたる場所で事故は起きていたと言う。
彼女達が到着した時には、左側の車線付近までスリップした軽自動車の後ろには先に車が止まっていた様だったが、特にまだ救助や道路整備はなされていなかったらしい。次々に車はやって来て忽ち渋滞になった。軽自動車とぶつかったであろう大型トラックは反対車線後方の端に停車していた。この時警察も消防も未だに到着はしていなかった。
ちょっと私行きます。
彼女はドアを開けて軽自動車の下へ向かった。どうしたら良いか、どうするべきかより先に助けなくちゃが浮んだという。運転者の安否を確認する為にドアを開けようとするがなかなか開かない。フレーム自体が既に歪みきっていた。やっとの思いでドアを開けると、お爺さんが"痛い痛い"と唸っていた。
"おじーちゃん大丈夫?ゆっくり息して!シートベルト外そうか?"
彼女の問いかけに運転席で挟まれて動けないでいるお爺さんは痛いから触れないでくれと言った。その後彼女の上司とその他の車からもう1人男性が駆けつけて歪みきったドアを支え、お爺さんに声をかけてた。"家族呼ぼうか?"と彼女の上司が問いかけた所、お爺さんは"独りだから呼べる人が居ない"と言ったという。彼女の上司はそれがなんだか堪らなく悲しかったと彼女に話したそうだ。
他に何か出来る事
上司と駆けつけた男性にドアとお爺さんを任せた後、彼女は他に出来ることが無いか考えた。まず反対車線の路肩に止まっていた事故を起こした大型トラックを誘導し、交通の妨げとならない様もっと奥へ。
その後道路へ散らばった破片を端の方へと避けて、通行出来る様に。その間に右折した側から来た男性が1人手伝ってくれたという。
その後彼女は救急車や消防車、パトカーが通る道を作る為に自分の仕事の車からライトを取り出して来て、交通整備をする事にした。まず、自分達がいた右側車線を止めておいて、対向車線を通す。その後右折側の車を通す為、先ほど動かした対向車線を止める。最後に対向車線を動かし、自分達が元いた車線を動かした。この間彼女は先程破片の回収を手伝ってくれた男性に指示を出し、この交通整備の補助をしてもらっていた。
程なくして救急車等が到着。交通整備の甲斐あってか事故をした軽自動車の横に無事レスキュー隊員達も駆けつけた。その間、上司と男性はドアを曲がるほど目一杯開けてお爺さんが出られるスペースを作り、彼女は車内をライトで照らしていたという。お爺さんが軽自動車から運び出されるまで、彼女達はそうしていた。
これ記事に出来る?
彼女は一通り話した後で僕にそう言った。何でそうしたいのかはふんわり分かっているつもりだが、要するに他の誰かに、事故を見過ごしてもしかしたら自分が助けなかった事で死んでいたかも。なんて後悔をズルズル引きずりながら生きてほしく無い。と言ったところだろうか。
彼女は繰り返し言った。
"絶対後悔したく無いしもしかしたら人が死んでたなんて思ったらもっと何か出来たんじゃないかとも思う。後悔してほしく無いし私もしたく無い。"
だから文字に起こして、誰かにも後悔しないように動いて欲しい、と。正直僕からすれば彼女はよくやった方だしそんな怖い状況でよく一番最初にお爺さんに声をかけに行ったなとも思う。彼女の勇敢さには全く敵わない。
それでも彼女は布団に蹲ってずっと考えていた。何でみんな助けないんだろう。もっと色々出来たかもしれないのに。と何度も何度も周りの人達がすぐには動かなかった理由を考えていた。
恐らく何をして良いのか分からなかったのだろう。切羽詰まった状態でどうにかしようと動ける方が珍しい。だが彼女は"後悔したく無いから"助けに行った。自分の未来に遺恨を残さない為に動いた。この思考だとかなり利己的に聞こえるが、結局のところそれで人命が救われたのだ。だから僕はこう言った。
"今日一番大事な事はお爺さんが助かった事じゃないのかな?誰も死ななかった。それが1番だよ。"
"そうなんだけど…"
彼女は彼女なりの後悔をそこに抱えている。だからこそ僕に記事を書けと言ったのだろう。自分も、その他の誰かにもこの先こんな事で後悔して欲しくないから。
人間なんていつ死ぬか分からない。でも不本意なタイミングで死ぬのは余りに悲しすぎる。手を伸ばせるものには伸ばしておかなくちゃ後悔する。彼女はそう言って眠たそうな目を擦りながら僕に図を書いて説明してくれた。彼女はいつも懸命に何かを伝えようとする時、眠気だって置き去りにしてしまう。その姿が僕の目には堪らなくかっこよく、そして誇らしく映った。
どうだろう?
どこかの誰かにでもその後悔をしない様に生きて欲しいという彼女の願いが、この文章を通じて、誰かに伝わればこれほど嬉しい事はない。
今日はここまで!
またいつか与太話を。
んじゃ、また!!