僕らは夜のコンテナ置き場
夏の前の静かなコンテナ置き場には中身が抜かれた空っぽのコンテナ達が暗い海を寂しそうに見つめるばかりで何もない。そう。何も無い。少し蒸し暑くて夏へと羽化する春が発する少し湿った甘ったるい匂いが立ち込めている以外何も無い。だから僕らはそこに惹きつけられたのかも知れない。
彼女の家の最寄り駅にある居酒屋で飲んだ次の日の事。次、いつあえる?なんて言われた僕は(本来なら駆け引きとかそう言った観点から少し焦らすものなのだろうが)明日!と即答してしまっていたので予定をこじ開け、今度は僕の家の近くの海辺へ行く事になった。
少し俯いた君の悲しそうな顔が忘れられない
もうほぼ付き合ってるようなもんで迎えたその日、前途したように海辺へ行く事になった。ちょうど満潮を迎えようとしていた時間だったからか水面で魚がこれでもかと跳ねていた。他愛のない話をいくつもした。でも何故か浮かない彼女の顔だけが水面に反射した月に照らされて揺れていた。何を疑うでもなく僕は純粋にその横顔を綺麗だと思った。
明かされた話。僕がした約束。
話があると言って彼女は僕を車に乗せてコンテナ置き場に連れて行った。嫌な予感は当たるもんだと昔の人が言っていた理由が分かる気がした。彼女にはかなり複雑な理由で忘れられない人がいた。それを僕に話してくれた。仕事も忙しく時間も合わせられない。先の予定もなかなか立てられない。そう言った。でも何故だか僕はその全てを許す事が出来た。僕と言う存在でその全部を忘れさせたいとも思った。幼稚な発想なのかもしれないが僕はこの時人生で初めて何があっても手放したくないものがあると言う実感を得た。それに彼女は僕の事を本気で好きになる為にわざわざ言いにくい話まで持ち出したんだと持ち前のポジティブ精神で解釈した。間違っていても関係なかった。
メリットとデメリット
僕と付き合う上でどのようなメリットとデメリットがあるのか彼女は知りたがった。世間からすればヘンテコな愛の告白かもしれないが僕らはそれで事足りた。僕は彼女の望むままにメリットとデメリットを伝えた。彼女は安心したようにこれからよろしくと少し恥ずかしそうに笑った。その顔が、今でも耳の奥でこだまするその声がとても愛しいと思った。
こうして2人は僕らになった。
僕ら、と形容するのは僕側の主観だからであって彼女からすれば私達、なのかもしれないが。でもともかく2人は僕らになった。この子とセックスしたい。なんて浅はかな気持ちが背中を押した僕の告白がこうして少し実を結んだ。蓋を開けてみれば素敵な女の子だった。誰よりも素直過ぎるほど素直で、純粋で、ピュアで、その分傷付きやすくて、誰よりも強くてそれでいて誰よりも脆い。モース硬度はめちゃくちゃ高いのにハンマーで叩けばすぐに砕けてしまうダイアモンドと同じだと思った。同じくらい綺麗だと思った。弱さも、脆さも。
こうして空っぽの2人は少しずつお互いの空っぽを埋め始めた。出会えなかった今までを埋めるように時としてそれはお互いを貪るように、蝕むように。少しずつ確実に、だけど何処か歪に認め合って確かめ合いながら今に至った。そこに性としての僕らがあったのは言うまでもないんだけれど、それはまた別のお話。
夏の前の海辺でぽっかりと口を開けていたコンテナは、中身を詰められてどこか遠い海へ旅立って行った。少しずつ傷や痛みを分け合った僕らのように、歪んだ枠が軋んだとしても逃さないようにしっかりとその扉を閉めて。
今日はここまで。
またいつか与太話を。
んじゃまた!