食べてる君の顔が好きだから
彼女が喜びの舞をしている。あまり喜びを露わにしない彼女がこうまで喜んでいる。そう、コンビニの惣菜コーナーにバターチキンカレーを見つけたからだ。
ここ3日間程彼女はバターチキンカレー連続記録を更新し続けていた。(昨日1日空いてしまったのが非常に残念という他ないが)
そして来る今日。色々あって僕は彼女と一緒に家を出た。だらだらと電話をしていたのだが僕が駅に着いてすぐに彼女から豪速球キラーパスの依頼が舞い込んだ。
"バターチキンカレー作ってよ"
イェスマイマジェスティ
僕は基本的に彼女に対してイェスマンだ。何でも許すし頼まれれば何でもやる。そうでなければ人に対しての甘え方をよく知らない彼女は、誰に甘えたら良いか分からないだろうから。
だから彼女がバターチキンカレーを食べたいと言えばもうその日の夜はバターチキンカレーなのだ。僕は帰るという当初の予定を切り上げ、買い物に行くし、手元に無い彼女の家の鍵を取りに片道約50分の時間をかけてバスで彼女の職場近くまで行く。それもこれも素直に"こうしてほしい"と言ってくれた事や、彼女の為に料理を振る舞えるという嬉しさが原動力だ。
何より、あの"美味しい顔"を僕は見たい。
スゥっと目を細めて笑った後、必死に美味しさを伝えようと首を縦にコクコク振るのだ。(あり得ん。バケモンみたいな可愛さや)
誰かの作ったご飯が食べたい
彼女はいつだったかそう言っていた。僕らは基本的に外食や持ち帰りで済ませる事が多いし、何よりキッチンは不可侵領域で彼女の許可なしに料理を作るなどもってのほかだ。一人暮らしの中疲れた体を引きずって帰ってくるのだから手の込んだ料理や自分を思いやる様な献立が作れるはずも無い。そりゃ誰かのご飯、食べたくなるよな。
"いつかキッチンの使用許可が出たらこの子の為に料理を作りたいな。とびきり美味くてあったかいやつ"
そんな風に思っていたら突拍子もないタイミングでそれが叶う日が来た。だから僕はこの機を逃すまいとバス停に立ち、未だかつて足を踏み入れたことのない土地へと乗り込んでいった。
バスに揺られて
彼女の職場は職種がハイカラな割に田んぼしか無いような片田舎にある。よって必然的に向かう途中の景色はどこか懐かしいような田園風景が続いていた。向かう先がそんな場所だから当然バスの乗客だってほとんどいない。目的地に着く頃にはもう僕1人で、謎にバスの運転手とのドライブデート状態だった。(あの、やめてもらえます?)
到着するや否や僕は近くを流れる川に沿って彼女の職場へ向かった。水は割と綺麗に澄んでいて浅い割に規格外のデカさの鯉が泳いでいたり、岩場には10匹前後の亀が群れて日向ぼっこをしていたりと生命豊かな川だった。向かう途中謎の町内放送のようなものが鳴って彼女から連絡が来る。
"今の聞いてた?"
そう。彼女はサイレンの類が苦手だ。前回のサイレンとのエンカウントは大雨の日だったがその日も彼女はサイレンの鳴る方を凝視しながら後退りして僕の腕を探していた。(サイレン多めに鳴ってください)
彼女の為に行くスーパー
無事鍵を受け取った僕はまた来た道を引き返して同じ時間だけバスに揺られて駅前のスーパーに到着した。食材を選ぶのも楽しかった。彼女のお気に召す味を作り出さなければならないという一定の緊張感と、絶対にやり遂げてやるという強い意志とがぶつかり合い、少々ヘンテコな高揚感の中僕は買い物を続けた。
彼女から連絡があり、仕事で近くまで寄っているから家まで送る、との事。スーパーで合流しようとするが彼女がなかなか見当たらない。電話でどこ?と聞くとアイスを見ているらしい。すぐにアイス売り場に駆けつけるが彼女の姿は見当たらない。どこだどこだと探していたら売り場の角からひょこっと顔を出した彼女と目が合った。
"ね、りっちみるくってなに?"
最高の晩餐の為に
無事家に送り届けてもらった僕はアイスを食べて車で仕事へ戻る彼女を一つ先の角までダッシュで追いかけて見送った。(本当に足もげるかと思った)心拍数の上がったまま部屋に戻りレシピを確認。調理を開始する。途中経過を彼女へと報告するが
やってんなーってなんだよ!!!!!
やってるよ!!!やりまくってるよ!!!!
それっぽいって何だ!!!!あぁ!?!????
それでしかねぇんだよ!!!!!!!!!!!?!
他に何があるんだこの見た目でよ!!!!!!!!
おーーーまーーーえーーーー!!!!!!!
まだ食ってないだろ!!!!!おい!!!
と言った感じであった。だがしかし料理自体は無事完成し、部屋を片付け風呂を洗い彼女の受け入れ体制を万全に整えた。
そして起こる事件
仕事の邪魔になってはいけないのでここからは連絡を控える。全てを終えてあとは喜んでもらうだけの状況で僕は完全に気を抜いていた。YouTubeを開き動画を見ながらいつの間にか現実世界からログアウトしていた。
起きた時には窓の外は真っ暗。ケータイの充電も切れている。恐らくYouTubeが流れっぱなしだった為だろう。
"やばい絶対やばい"
案の定彼女は怒っていた。怒っていたというより連絡が取れない事が心配だったのだろう。本当に申し訳ないことをしてしまった。
"かえる"この文字から30分後の"もうかえらん"で彼女の心境がよく分かる。期待していた分、何かを裏切られた気持ちになったんだと思う。本当に申し訳ない。ごめん。
彼女は気が済んだら帰って来るらしい。
精一杯謝ったら美味しいバターチキンカレーを食べてもらおうと思う。別に許してくれなくてもいいから、美味しい顔を僕は見たい。それで笑ってコクコク頷いてほしい。
今日はここまで!!
いつかまた与太話を。
んじゃまた!