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ペドロ・アルモドバル『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』尊厳死についての軽やかな考察

2024年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品、金獅子賞受賞作品。前作『パラレル・マザーズ』同様、新規領域開拓をしていく系譜にある。初の英語作品というのもそうだし、死について軽やかに論じ受け入れる姿には老境に差し掛かり、集大成とも言える作品を提示した後の盆栽遊びみたいな感すらある。作中でも言及があったが"年を取ると物事への興味が薄れていく"という状態にあるアルモドバルが、最も身近なテーマである"死"を描いたということか。物語は売れっ子作家イングリッドが偶然NYにいたところ、旧友マーサが癌になったという知らせを受けて彼女の下へ駆けつけるところから始まる。旧交を温めた二人だったが、マーサの体調はどんどん悪化していく。そんなある日、マーサはこれ以上の治療を止めて安楽死したいが、その際に隣の部屋に誰かいてほしいので、その役目をイングリッドにお願いしたいと言い始める云々。これまで通りのヴィヴィッドな色彩感覚に加え、今回はわざとらしくもアンドリュー・ワイエスやエドワード・ホッパーを引用するなど構図にも拘りを見せていた。ただ、マーサの過去編をわざわざ映像化する意味は分からず仕舞いだった。中盤以降は実践として二人で山奥のコテージに籠もって最期の日々を過ごすことになる。ここでのドアのギミックは非常に上手く、無音の緊張感を与えつつもギャグとして転用するなど自由自在に観客を操り、場内で爆笑が巻き起こっていた。ちなみに、このとき二人が観ていた映画が『キートンのセブン・チャンス』『忘れじの面影』『ザ・デッド』という、あまりにも"死ぬまでに観たい映画1001本"すぎるラインナップだったので、もしかしたら題材と合わせにきているのかもしれないと思うなど。あと、中盤以降のイングリッドのコートが竈門炭治郎にしか見えなくて笑ってしまった。ただ、二人の共通の元恋人デイミアンが"世界は死にかけなんだ"とか言い始めたせいで、本筋と変なリンクしそうで、そこだけはなんか嫌だった。全体的に軽やかで楽しいが、テーマに反して映画が軽すぎるので、あまり印象には残ってない。

・作品データ

原題:La habitación de al lado / The Room Next Door
上映時間:107分
監督:Pedro Almodóvar
製作:2024年(スペイン)

・評価:70点

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