フランチシェク・ヴラーチル『Smoke on the Potato Fields』過去の自分に戻りたい、その価値はある
フランチシェク・ヴラーチル長編八作目。ボフミル・ジーハによる小説『Doktor Meluzin』の映画化作品。飲酒癖と当局による検閲によって、ヴラーチルでさえ70年代はほぼ映画を撮れなかったのだが、そんな中で出会ったのが Kamil Pixa である。彼の手助けによって『The Legend of the Silver Fir』『Art Nouveau's Prague』といった短中編を撮ることができ、彼の手助けによってアルコール依存症治療に専念でき、彼の手助けによってアルコールの抜けた状態で撮った初めての作品として本作品を世に送り出すことができたのだ。本作品の主人公は中年医師メルジンである。冒頭ではパリの空港で長年連れ添ったであろう妻と別れ話をしており、メルジンは彼女を残したその足で故郷チェコスロバキアまで戻ってくる。そして、彼は田舎の小さな村に赴任する。イジー・メンツェルならここで奇抜な変態がいっぱい出てくるんだろうという平和で時間を持て余している村で、無愛想だが人情派のメルジンはすぐに尊敬を集め始める。他のヴラーチル作品と同様、本作品でも対立するイデオロギーが描かれているが、その多くが過去のものであるか早々に終結し、対立のその後を重点的に描いているのが興味深い。それは、チェコに戻って人々の診察を行うことを、過去の自分に戻ることとして価値を見出しているメルジンの姿勢とも重なってくるし、自分の職業が本来持つ人間的な部分に固執すべきだとする内省は長期間映画製作を禁じられたヴラーチルの内省とも重なっているのかもしれない。しかし、登場人物の一人である未婚のまま妊娠した少女マルケータの挿話で、堕胎を望む彼女の意思に反して、かなりフワッとした理由で出産を勧め、そのまま彼女が死んでしまうのを"良い話"風にまとめているのがかなりグロかった。
・作品データ
原題:Dým bramborové natě
上映時間:94分
監督:František Vláčil
製作:1977年(チェコスロバキア)
・評価:50点
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