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デア・クルムベガスヴィリ『四月』ジョージア、四月は絶望の季節

傑作。2024年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。デア・クルムベガスヴィリ長編二作目。前作『ビギニング』はカンヌ・レーベルの中でも数少ない傑作として界隈で絶賛されていた。その中の一人であるルカ・グァダニーノは監督の次作である本作品のプロデューサーを務めた他、撮影監督アルセニ・ハチャトゥランを自作『ボーンズ・アンド・オール』で採用するなど、各方面でファンを獲得している。ちなみに、ハチャトゥランの次作はクリストファー・ボルグリのA24作品だそうで、推しの出世に涙が止まりません。物語はジョージアの田舎町の病院で産婦人科医として勤務するニナを主人公としている。ジョージアでは12週目までは堕胎も合法らしいが、病院側が拒絶したり患者側が周囲から倫理的政治的な圧力を加えられて、結局利用されないどころか違法扱いすらされているらしい。ニナはそんな環境の中でたった一人、訪問堕胎医師として地道な活動をしている(ソ連時代に村々を巡回して教育機会のなかった少数民族の子どもたちと密接に関わってきたという監督の祖母も想起させる)。中盤で挿入される堕胎手術シーンでは、映り込む全ての人間が胴体のみを切り取られるようなフレームに収まり、その匿名的空間で出来事そのものが一般化されていくという奇妙な長回しを目撃することとなった。似たテーマを持った他の作品と異なるのは、彼女を女性の権利を守る英雄としても、政治的/倫理的抑圧の被害者としても描いていないことか。彼女はどこまでも一人の人間であり、自らの身体への権利の行使として捕食者のように欲望を解消しながら、他者が行使した同様の権利の帰結としての堕胎を同時に行っている。当然ながらそれらは共存することができる(彼女は堕胎を勧める際に必ず本人の同意を確認している)。また、ある種の使命感から行ったこれらの行動が更なる悪い結末へ繋がることも指摘している。この挿話は実際に撮影前の取材中に病院に担ぎ込まれた女性の死を基にしているらしい。ガス漏れ事故で死にかけているというテイで運ばれてきた女性は、実際には日常的に家族から性的暴行を受けており、本格的に拒絶したことでキレた夫が殺したというのだ。更に悪いことに、監督は亡くなった女性も殺した男も幼い頃から知っていて、しかも捜査した警察署長は高校同期だったらしい(事件にブチギレて犯人を殴ろうとしたため交代させられた)。この事件をきっかけに本作品の結末を変更したらしい。時系列から察するに、堕胎医師として噂になっている彼女が泥にハマって患者の家に戻ったから犯人に堕胎がバレてしまったのではないか推測できるため、ニナの罪悪感が余計に増えていく構造になっていた。

混乱し絶望する自己、或いは怪物化していく自己を視覚化していくのが、要所要所で登場するクリーチャーである(クレジットにそう書いてあるので遠慮なくそう呼ぶ)。一応性別は女性っぽいが目や口がないので表情はなく、『シャイニング』で登場する水死体や『The Substance』の後半のデミ・ムーアみたいな造形で強烈な印象を残す。ニナが自宅では裸族なのと、当初はニア役のイア・スヒタシヴィリにスーツを着てもらう予定だったのを鑑みると、クリーチャーは今の彼女の分身、彼女の未来、選ばなかった未来などとも考えられる。監督はインタビューで、このクリーチャーは、ハンナ・アーレントの"まだ存在していない、同時に既に存在していないもの(something which is not yet and not anymore)"という言葉にヒントを得て登場させたらしい。過去と未来の間にある、人間から非人間へ、存在から非存在/或いは世界の間に存在する別の存在形態への変遷の瞬間であると言ってるので、中間存在的な感じだろうと推測する。ダヴィドとクリーチャーがセックスするシーン以降はどうも世界線が混線しているような感じさえするので、特に暗闇での帝王切開手術のシーンは、序盤で"なぜ帝王切開手術をしなかったのか"という問いへのif世界線の解答みたいな感じでもあり、ニナがダヴィドと結婚して子供を産んでいた世界線みたいな感じすらもするので、それらを結びつける要石として、存在を一意に定めていないのだろう。

アルセニ・ハチャトゥランによる撮影は本作品でも素晴らしく、冒頭で登場する出産のシーンや堕胎シーンの長回しなど、身体に関わるシーンはどれも素晴らしい。それに加えて、本作品のもう一人の主人公とも言える田舎の自然環境の表情も美しい。唐突に『ツイスターズ』くらい天気が悪化する長回し、遠くに夕焼けが見えるのに手前が大嵐に巻き込まれる長回しなど、映画の不穏さに素晴らしい効果を与えていた。また、病院の廊下やジアの家など縦長の奥行きのある構図を意識的に取り入れているようにも見え、特に手前が暗く奥が明るい病院の細い廊下は産道のイメージと結びつけているのかと思うなど(ルイス・オルテガ『キル・ザ・ジョッキー』も似たようなことをしていた)。ただ、前作の冒頭のような息の詰まる長回しというのは控えめだった。

本作品は三部作構想の二作目に相当する計画だったのだが、反LGBTQ法案や外国の"干渉"に関する法律が制定されたことによって、映画の内容が制限され国を跨いだ合作がしにくい方向に舵を切ったらしく、三作目のジョージアでの製作はほぼ不可能らしい。最近各国の映画祭に賑わせるレヴァン・アキンやアレクサンドル・コベリゼといった新世代たちの映画製作にも直撃しているようだ。ただ、クルムベガスヴィリに関しては、本作品より前からエマ・ストーンとデイヴ・マッカリー率いる"フルーツ・ツリー"と提携して次のプロジェクトを動かしている最中のようで、"突然全く新しい展開になって嬉しい"と語っている。前作も本作品も主人公の最も近くにいる男性がダヴィドという名前なので、次作もそうなるんだろうか。

追記
ちなみに、題名はなんで"四月"なんだろうか。オタール・イオセリアーニの『四月』を意識してるんだろうか?内容はあんまり関係ないけど。

・作品データ

原題:აპრილი
上映時間:134分
監督:Dea Kulumbegashvili
製作:2024年(ジョージア,イタリア,フランス)

・評価:80点

・ヴェネツィア映画祭2024 その他の作品

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