ルイス・オルテガ『キル・ザ・ジョッキー』マイブリッジの騎手と時間の逆進
大傑作。2024年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。2025年アカデミー国際長編映画賞アルゼンチン代表。ルイス・オルテガ長編八作目。ティモ・サルミネン撮影のカウリスマキlikeなデッドパンコメディ。主人公レモは伝説的な騎手だったが、今では薬と酒に溺れ、仕事も私生活も破綻寸前だった。彼はギャングのボスに気に入られた騎手としてイカサマに加担していたが、今では名声の方が実力に勝ってしまっており、同じレースに出る恋人アブリルにも負けてしまっている。そんなアブリルは現在レモの子供を妊娠中だが、騎手の仕事を続けたい彼女にとって産む意志は低い。そんな彼は、一世一代のレースで大事故を起こして入院することに。脳震盪を起こし認知機能に問題があるかもしれないと指摘された後に、レモは壁に掛けてあった女性用コートとバッグをパクって病院を抜け出すシーンがあり、それだと前時代的なクィアフォビアっぽい"笑い"が期待されているのかと身構えたが、寧ろその真逆だった。レモには"思い出すのも辛い過去"があることが指摘されていることから、認知がバグって女装してるわけではなく、寧ろ無理に矯正していたのが元に戻ったのだろう。レモはアブリルに"(私の愛を取り戻すには)一回死んで生まれ変わる以外ない"みたいなことを言われており、映画はそっちの道を進んでいくが、死んだ先の転生というより時間の逆進の方なのだと推測する。つまり、身体が男性だったレモから赤子まで時間を遡り、意識はそのままに身体が女性のドロレスになるという、ゴリゴリのトランジション映画だったのだ。レモが古びた地下道から競馬場に迷い込み、レース場に続く細い道を通るのは、産道のメタファーだったりするんだろうか?それに加えて、ジョッキーと映画の連想で思い出すのはエドワード・マイブリッジの走る馬で、終盤はまんまな形で登場する。時間の逆進とマイブリッジの騎手といえば…ジョーダン・ピール『NOPE』ですよ。『NOPE』全然好きじゃないのに、なんにでも『NOPE』じゃんと言ってる変な人になっているな。
追記
パブロ・ラライン『エマ』のマリアナ・ディ・ヒローラモさんが超かっこいい騎手アナとして登場する。『エレクトフィリア』途中離脱したので、久々にヒローラモ姐さんのカッコよいとこ拝めて感謝です。
・作品データ
原題:El jockey
上映時間:98分
監督:Luis Ortega
製作:2024年(アルゼンチン等)
・評価:90点
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