マリヤム・モガッダム&ベタシュ・サナイハ『私の好きなケーキ』イラン、老女の恋は泡沫の夢
2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。マリヤム・モガッダム&ベタシュ・サナイハ長編二作目。70歳のマヒンは、30年前に夫に先立たれ、娘は欧州に移住しており、テヘラン郊外で独り生活していた。たまにある友人たちとの女子会もどんどん頻度が減っていき、インフレの影響で何をするにしても金がかかり、夜は眠れないので生活リズムも乱れ、なぜか早朝に多いアクティビティに参加することすら出来ない。ある日、孤独を自覚したマヒンは街へ繰り出し、同じく孤独なタクシー運転手ファラマルズと知り合い、彼を家に招く云々。冒頭の女子会からファラマルズとの一夜の恋物語に至るまで、イスラム圏特有の社会的抑圧を巧妙に織り交ぜつつ、最近ではあまり見なくなったタイプのイラン映画を作り上げていて嬉しくなった。特にファラマルズとの一夜の幸福感は、まさに真っ暗な中庭に少しずつ電気がついていくような感覚で幸福感が押し寄せてきた。一方で、"永遠に続くものはないよ"とか不穏な言葉が度々登場するので、この幸福もいつか終わるのかとも同時に思わせ、終盤のダンスシーンではそんな幸福感と不穏さが渦のようになっていく。とても上手いが、最終的にどこを目指しているのかは最後まで迷子だった感じもする。あれで終わって良いのか?それにしても、キッチンで準備をするマヒンに対して"手伝おうか?"がすぐに出てくる男を一発で引けるのは強すぎる。二人ともチャーミングなので、ともするとキショい人物になりそうな部分を危うげなく美しい映画に変貌させている。
・作品データ
原題:My Favourite Cake
上映時間:97分
監督:Maryam Moghaddam, Behtash Sanaeeha
製作:2024年(イラン, フランス等)
・評価:80点
・ベルリン映画祭2024 その他の作品
★コンペティション部門選出作品
3 . アブデラマン・シサコ『Black Tea』広州のアフリカ系移民街に暮らす人々の物語
4 . マティ・ディオップ『ダホメ』ベナンに戻ってきた美術品たちについて
5 . ヴェロニカ・フランツ&セヴリン・フィアラ『デビルズ・バス』オーストリア、追い詰められた女たち
8 . ブリュノ・デュモン『The Empire』フランドルの"スター・ウォーズ"は広義SF映画のカリカチュア
10 . マルゲリータ・ヴィカーリオ『グローリア!』音楽を理論や楽譜や権力や階級から解放する映画
13 . マリヤム・モガッダム&ベタシュ・サナイハ『私の好きなケーキ』イラン、老女の恋は泡沫の夢
14 . ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス『ペペ』ドミニカ共和国、カバのペペの残留思念が語る物語
15 . ミン・バハドゥル・バム『Shambhala』ネパール、シャンバラへゆく者
19 . ホン・サンス『A Traveler's Needs』マッコリ大好きナチュラルサイコ教師ユペール
★エンカウンターズ部門選出作品
4 . ギヨーム・カイヨー&ベン・ラッセル『ダイレクト・アクション』フランス北西部ZADで抵抗する人々の生活と活動
5 . ルート・ベッカーマン『ウィーン10区、ファヴォリーテン』オーストリア、イルカイ先生の教室
13 . ネレ・ウォーラッツ『目は開けたままで』ブラジル、"翻訳している相手のことを本当に理解してる?"
この記事が参加している募集
よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!