ラウラ・シタレラ『トレンケ・ラウケン』謎が謎を深める街、トレンケ・ラウケン
大傑作。ラウラ・シタレラ長編四作目、単独では二作目。チタレラはマリアノ・ジナス、アレホ・モギランスキー、Agustín Mendilaharzuらと共に"El Pampero Cine"というアルゼンチン新世代を代表する映像制作グループ(会社?)に参加している。彼らはそれぞれが監督、プロデューサー、編集、DoP、俳優などを輪番で担当し、とてつもない速さで映画を撮りまくっているのだ。本作品ではシタレラが監督脚本、モギランスキーが編集、Mendilaharzuが撮影の一部を担当している。元々本作品はチタレラの初長編『Ostende』の続編として企画されたものらしく、同作での主演だったラウラ・パレデスも脚本に参加している他、同作と主人公の名前も共通している。監督はこれについて、"名前は同じでも別の人生を歩んだラウラについて"としている。また、"El Pampero Cine"の他の作品と同じく、本作品も260分という長大な尺を12章の分けた二部構成になっている。
物語は植物学者のラウラが失踪したところから始まる。恋人を名乗る一回り近く年上の同僚ラファエルと、仕事を通してラウラと知り合った彼女と同年代の男エゼキエルは、一緒にラウラの行方を追っている。最初にして最大の手掛かりは、ラウラが借りパクしていったエゼキエルの車だが、ラファエルがこれを"ラウラが盗んだ"とするのに対して、エゼキエルは"ラウラは借りただけだろ"としており、互いの認識は食い違ったままだ。ラウラは新種の蘭を探しに行ったまま消えたらしい、とラファエルは言って聞き込みを開始するが、同乗するエゼキエルにはやる気が見られない。すると、次の章では彼の回想に切り替わり、実はラファエルの知らぬところでラウラの送り迎えをやっていて、彼女が見つけた"手紙"を一緒に調査していたことが判明する…といった具合に、謎が謎を呼び、それを回想と回想の回想と妄想と結びつけ入れ子にしながら語り続けていく。第一部は図書館で借りた本に隠されていた50年前の恋文について、第二部は公園の湖で見つかった詳細不明の生命体についてが主軸となり、映画全体としてラウラ失踪の謎を追い求めるという、登場人物全員が欠けたピースを追いかけるような形式になっている。明らかに一般人が独力で追うにしては大きすぎる物語にワクワクは止まらず、複雑に絡み合う謎を少しずつ解いていく快楽を共に味わうことになる。そして、物語が様々重ねられていくと、一度登場した言葉、小道具、場所などが別の意味を帯びて再び登場する。我々は登場人物たちと同時に、或いは彼ら/彼女らすら気付かなかった細部の変化を発見することになる。
全く解明されないどころか謎が深まっていくというのは、まさしく人間そのものと対峙しているのと同じ感覚だ。第一部の隠された恋文は、ラウラ-ラファエル-エゼキエルの関係性の転写であり、手紙の謎を追うことで三人の過去を、手紙の主たち(カルメンとパオロ)の関係性からエゼキエルの恋心を暗示させ、二重に語りを進めていくが、主人公たちが送り主たちの真意を汲み取れないのと同様に、目の前にいる人間の心も理解することはできない。第二部の湖の生命体騒動では、ラウラが当事者となって謎に足を踏み入れていき、そこで出会うエリサとロミナという二人の女性たちは、年齢的にもラファエルとエゼキエルと対比されている。しかも、既存の関係性(ラウラとラファエル、エリサとロミナ)に踏み入る第三者(エゼキエル、ラウラ)という関係性も逆転し、今度は"想う側"としてのラウラを視点人物としている。そして、手紙に夢中になるラウラにエゼキエルが抱いた恋心と、神出鬼没なエリサにラウラが抱いた興味が、時々刻々変化していく様を克明に描写していくのだ("人間が恋する瞬間を切り取った"というレビューに激しく首肯)。ここまでくると、最終的には人間の内側で起こること全てが詰め込まれてるとまで言ってしまって良いのではないか、と思うほど、人物の変化を観察していく。
というように、謎解きが主題ではなく、寧ろ解けない謎に挑んでいることからも分かる通り、手紙も詳細不明の生命体もラウラの失踪も全く解決しない。しかし、260分の映像迷宮を共に歩んだことで、我々もまたその謎の一部に取り込まれてしまった感覚すらあって、それがひたすらに心地よいのだ。こう言ってしまうと本作品を矮小化してしまっているようで気が引けるが、世の中には解決できない謎で満ち溢れているのだ、という言葉を肯定的に捉えられた気がした。
・作品データ
原題:Trenque Lauquen
上映時間:260分
監督:Laura Citarella
製作:2022年(アルゼンチン)
・評価:90点
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