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2024年 新作ベスト10

今年は社会人4年目ということで、本業のほうも大忙しとなり、年々映画鑑賞に時間を捻出できなくなってきている。全体の鑑賞本数は去年よりも100本近く減ってしまった。しかし、新作鑑賞本数は旧作鑑賞本数を犠牲にすることで昨年水準をなんとかキープすることができた。今年は昨年までに出会った推し監督たちがこぞって新作を発表した年でもあり、それらのほとんどが上がりきったハードルを軽々超えてくる化物ばかりだったので、個人的には非常に満足度の高い年となった。今年も年初から、バス・ドゥヴォス新作のパンフレットを執筆したり(実際に書いてたのは昨年末だが)、それが本人に届いたり、8月に「シーンとシネマ」で放浪する現代西部劇の講義を行ったり、9月には『グレース』のコメント寄稿したり、10月には三度目の釜山映画祭で新たな嬉しい出会いがたくさんあったり、12月にはEUフィルムデーズの『ライダーズ』にて人生初の上映後トークを行うことになったり、ありがたく充実した年になった。今年の"新作"基準は以下の通り。

①2024年製作の作品 166本
②2023年製作だが未鑑賞/未公開 111本
③2022年製作だが未鑑賞/未公開 22本

尚、下線のある作品は別に記事があるので、そちらも是非どうぞ。


1 . Measures for a Funeral (Sofia Bohdanowicz)

今年は、新作が映画祭のコンペに入ったり大手スタジオ製作で撮ったりと、推しが大活躍する年で、その中でもソフィア・ボーダノヴィッチの存在は圧倒的だった。初めて出会った2020年から4年が経ち、共に歩んだオードリー・ベナックの物語が、私が初めて彼女に出会った物語(『Veslemøy's Song』)を拡張させる形で終結したのだ。そして、物質や行動と記憶を結びつけてきた彼女が、初めて音というものに触れながら、これまで登場しなかった"母親"という存在に決着をつける。オードリーの未来に幸あれ。

2 . I Saw the TV Glow (ジェーン・シェーンブルン)

2021年に話題となった『We're All Going to the World's Fair』を観た際に、この監督はもっと素晴らしいものを撮る!と直感で分かったが、本当に撮ってくれるとは。TVドラマをきっかけに出会った孤独な二人の物語であり、自分の身体/人生が自分のものではない感覚/経験を"TVを見ている"という構造に落とし込み、一歩踏み出す恐怖をホラー映画的なそれに置き換え視覚化する見事さに感服。今年は『A Different Man』然り、極めてパーソナルな物語とそれを一般化した物語を器用に両立させる映画が多かった。

2 . 煙突の中の雀 (ラモン・チュルヒャー)

待ちに待ったチュルヒャーの新作、ということで面白すぎて釜山でも東京でも観た。動物三部作の終章として前作と前々作の物語と手法を合わせてくるというファンとしての満足度も高いが、遂に"家"というものに決着をつけるのもアツい。あれは自分のセクシャリティを認められない主人公が、それを認めていくという物語なのだ。その点で『I Saw the TV Glow』にも似ていた。

3 . When the Phone Rang (Iva Radivojević)

東欧映画研究家を名乗りながら結局70本くらいしか観てないアマチュア野郎でございますが、今年の東欧映画ベストはこちら。子供時代のユーゴ内戦時にセルビアからアメリカへ避難した監督が、セルビア時代を思い返す。金曜の決まった時間に電話が来るという設定に、体系化されていない子供時代の記憶を連想ゲームのように紐付けしていくことで、もう既に忘れかけている、でも決して忘れたくない記憶を必死に手繰り寄せていく。電話を取り続けることで故郷と自分を繋ぎ止めていた主人公が、受話器を置いた瞬間の溢れ出す悲しみに涙する。

4 . ユニバーサル・ランゲージ (マシュー・ランキン)

2020年に『The Twentieth Century』という変な映画を撮ったことで、その年のベストにも入れたマシュー・ランキンが帰ってきた。しかも、カンヌ映画祭で観客賞とって日本公開されるとか、どこの世界線だよ。基本的に仏語圏と英語圏で文化的交わりの薄いカナダにおいて、ランキンはどちらでも暮らした経験から、同じ国内に居ながらアイデンティティの彷徨いを告白する。あんな悲しいラストが他にあるか。

5 . Cuckoo (ティルマン・ジンガー)

2019年に『Luz』という怪物のような映画で出会ったティルマン・ジンガーの新作は、ハンター・シェイファー初主演のNEON製作映画という大抜擢!前作は現在/過去/大過去を一つの画面に入れるという大技を披露していたが、今回は時間がループするというもの。それは同じ時間に囚われていることを示し、抜け出すには"聴かないようにする"以外にない、というマイノリティの子供時代を示唆するような環境である。本来なら助ける必要もないアルマに手を差し伸べるのは、自身の過去に重なったからかもしれない。

6 . Matt and Mara (Kazik Radwanski)

2020年に出会ったカジク・ラドワンスキが4年ぶりに新作を撮り、それがベルリン映画祭エンカウンターズ部門に選出された。カナダ新世代の騎手である彼がマット・ジョンソンやアシュリー・マッケンジーに続いて格上げされたのが本当に嬉しい。久しぶりに再会した元恋人マットの前で思い悩むマーラの繊細な感情の変化を追う物語で、マット・ジョンソンのマット・ジョンソンすぎる存在感をデラ・キャンベルがラドワンスキ的世界観へと引きずり込む恐るべきカナダ新世代映画の集大成である。

7 . 聖なるイチジクの種 (モハマド・ラスロフ)

釜山映画祭で本作品を観た際、まあまあな距離を猛ダッシュしたので爆睡必至かと思いきや、面白すぎて目はバッキバキだった。序盤はヒジャブ着用抗議デモで親子の立場を鮮明にし、中盤で父親の拳銃が行方不明になってからは序盤で家族の外側にあったマクロ視点の"社会"が家族の内側に内包され、そのバランスは加速度的に崩壊していく。最後まで加速し続けるので終盤は豪速球になっていた。ちなみに、次の映画でちょっと寝た(マグヌス・フォン・ホーン『The Girl with the Needle』)。

8 . 目は開けたままで (ネレ・ウォーラッツ)

上半期ベストから引き続きランクイン。前作『The Future Perfect』は言語を習得することで新たな概念を習得するという希望的な物語だったが、本作品では言語がもたらす断絶を描いている。高層マンションの一室で他の中国人労働者と暮らす主人公は、幾重にもブラジルから離れた場所で、孤独感を募らせていく。彼らはポルトガル語を習得しなくても生活できるのだ。主人公はその孤独を、その場の誰も理解できないスペイン語で綴り、後に別の主人公がその感情を紐解いていく。スペイン語は二人の主人公のどちらの母語でもない、それでも感情は経験は十分に伝わりきるだろうか。そんな問いにも見えた。

9 . キル・ザ・ジョッキー (ルイス・オルテガ)

撮影がティモ・サルミネンということで、カウリスマキlikeなデッドパンコメディである。レース中に事故った主人公は女性もののコートを羽織って街へ繰り出すが、これは所謂"女装ネタ"ではなく、無理に矯正していたのがもとに戻ったのだろう。そこから時間が逆進していくように、人生の経験を遡り、遂には…というラディカルすぎるトランジション映画であった。そして、再びカッコよすぎるヒローラモ姐さんに出会えたので感謝。

10 . All We Imagine as Light (パヤル・カパーリヤー)

ドイツからの出稼ぎから帰ってこない夫を待つプラバとイスラム教徒の恋人を持つアヌという二人の看護師は、ムンバイの持つ形容し難い"重み"に苦しめられる。彼女たちの生活と感情を繊細で静かな光で優しく包み込む。ムンバイから離れた二人を包む新たな土地の新たな光の眩しさも良い。この直後に猛ダッシュしてしまったので(上記ラスロフのため)余韻を掻き消されてしまった感じがちょっと心残り。

・旧作ベスト

上記の通り、特に下半期はほとんど旧作を観ていないという恥ずかしい人間なので、上半期とほぼ変動なしでございます。

1 . ジャン=シャルル・フィトゥーシ『私は死んでいない』時間も輪廻も幻想も生者も死者も混ざり合う温かな愛の旅
1 . ジャン=シャルル・フィトゥーシ『私が存在しない日々』1日ごとにしか存在できない男の物語
2 . Hüseyn Mehdiyev『Strange Time』アゼルバイジャン、父を介護する娘を襲う悪夢
3 . Nele Wohlatz『The Future Perfect』アルゼンチン、新言語習得のもたらす新たな可能性
4 . 増村保造『青空娘』
5 . フレディ・M・ムーラー『山の焚火』
6 . Živko Nikolić『美しき罪の神話 (The Beauty of Vice)』モンテネグロ、古き法と美しき悪徳
7 . ジャック・リヴェット『パリでかくれんぼ』
7 . レイモン・ドゥパルドン『Captive of the Desert』フランス、砂漠に囚われた女
8 . アラン・タネール『Messidor』スイスに降り立った二人のアナーキー女神
9 . クローディア・ウェイル『ガールフレンド』
10 . エルマンノ・オルミ『婚約者たち』

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