マハマト=サレ・ハルーン『Lingui, The Sacred Bonds』チャド、聖なる連帯
2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。マハマト=サレ・ハルーンは今回で三回目の選出となる。本作品は国家と宗教によって二重に中絶が禁じられた国で、中絶を試みる15歳の少女マリアの物語である。しかし、原題"Lingui"及び英語副題"聖なる絆"の示す通り、本作品は制度自体ではなく、それを前にした人々の共助連帯を描いている。全体的な描写がドライで静かなのも相まって、少々やりすぎなくらい敵と味方がすっぱり分かれ、敵はストレートに嫌なことをしてきて、味方もストレートに助けて終結するので、連帯そのものを重要視して描いている感じもあまりしない。それに加えて、本作品のドライさの中には投げやり感も若干含まれている気がして、例えばマリアの自殺未遂の描写なんかはクリシェ踏まないと!という態度が画面から伝わってくる。本作品のストレートすぎる映像表現には、同じ年のコンペに並んだショーン・ペン『Flag Day』を思い出すなどしたが、まだあちらの方が伝えたいことに対して正直だった気がする。
本作品にも、エリザ・ヒットマン『Never Rarely Sometimes Always』やレイチェル・ゴールデンバーグ『Unpregnant』、セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』と同じく、少女の堕胎を手助けする存在が登場するが、それは彼女の母親である。というか、そもそも主人公は母親なのだ。しかも、マリアと同じ境遇で学校を止めさせられ、家族からも見放され、たった一人で娘を育ててきたらしい。そんな過去を知っているからこそ余計にマリアは中絶を望み、母親も二つ返事で協力を申し出る。『Unpregnant』でも娘の中絶に理解を示す母親が登場したが、全てが終わった後だったことを考えると、母親が積極的に協力してくれるという作品は初めて見たかもしれない。また、後にアミナの妹ファンタも登場することで、女性の自己決定権についてBONDよりも一つ上のSACRED BOND、つまり家族の結びつきの観点で論じていくことになり、話題の中心がコチラにあったことを改めて提示する。
ドライすぎるせいで事実が勝手に歩いている感じがしてしまうが、ようやくラストで乾いた暴力が作風に呼応した緊張感を生み出してくれる。これがなかったらただ印象の薄い映画になってただろうし、ハルーンは最終的なこれが描きたかったんだろう。
・作品データ
原題:Lingui, les liens sacrés
上映時間:87分
監督:Mahamat-Saleh Haroun
製作:2021年(チャド, フランス)
・評価:60点
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