アピチャッポン・ウィーラセタクン『トロピカル・マラディ』"僕の心をあげるの忘れてた"
大傑作。2003年カンヌ映画祭コンペ部門出品作品。タイ映画はベルリン映画祭との相性が良く、そちらに頻繁に出品されてきたが、本作品は恐らく初めてカンヌのコンペに入ったタイ映画だろう。いきなり皆大好き『山月記』の引用句"人間は誰でも猛獣使い"が登場するが、"Ton Nakajima"として引用されるので最初は誰か分からなかった。二部構成になっており、前半は田舎町に配属された兵士ケンと現地に暮らす青年トンの友情以上恋愛未満な日々を綴っている。いきなり草原で死体を発見した部隊が死体と一緒に記念撮影するというシーンで始まるが、アピ先生なので特に問題なし。トン一家とケンでご飯を食べるシーンや、乗り合いバスとトラックの荷台で会話するシーン(ここ好き)などの視線の移ろいが良い。あと、ニケツも尊い。途中で"前世を覚えてる俺のおじさん覚えてる?(Remember my uncle who could recall his past lives?)"というセリフがあり、『ブンミおじさんの森』の英題"Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives"そのまますぎて吹き出してしまった。アピ先生の映画は全部繋がってるみたいなこと誰かが言ってたけど、マジなんすね。
後半はようやく現代版『山月記』となり、ケン…と同一人物かは不明だが、同じバンロップ・ロムノイが、夜な夜な旅人に取り憑く虎の幽霊を狩るために、独りでジャングルの中に入っていく。"その声は、我が友、李徴子ではないか?"など言うはずもなく、兵士とシャーマンの静かな精神の削り合いが描かれる。心が直接ぶつかり合うのは前半の恋愛とも似ていて、それが善に振れるか悪に振れるかの違いなんだろう。明るさと温かさのあった前半と、暗く冷たい後半は、伝説のある湖へと向かうトンネルやトンが消えた暗闇によって接続されているようにも見え、天国と地獄が表裏一体となっている世界の構造を感じるなどした。
・作品データ
原題:สัตว์ประหลาด / Tropical Malady
上映時間:114分
監督:Apichatpong Weerasethakul
製作:2004年(タイ)