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アディルハン・イェルジャノフ『士官候補生』カザフスタン、"立派な男になったよ、ママ"

傑作。アディルハン・イェルジャノフ新作…とはいえ今年既に3本も撮ってる変人なので、新作とも言えないのかもしれない。シングルマザーの歴史教師アリーナは、どの学校でも苛められる"女々しい"息子セリックを"男らしく"にするため、エリート士官学校にブチ込み、自身も歴史教師として赴任してくる。しかし、セリックは入学初日から前日に自殺した子の囁きを聴いたり、アリーナはその子の死んだはずの母親に警告されたり、のっけから不穏な香りが漂ってくる。どうやら1938年に四人の生徒が地下室で殺害されて以降、14年ごとに殺人事件が起こっているらしい。そして、ついには殺人ともとれる生徒の死亡事件が起こり、国防省からビルジャンという刑事が派遣されてくる云々。基本的に人物を画面端に置き、残りの空間を空白にすることで、そこに奥行きや怪異を置く構図を使っていた。一番最初に怪異がジワーッと現れた瞬間の気味の悪さったらないが、基本的にはおどろおどろしいBGM付きのときしか登場しなかったし、CGがショボいのでのっぺりしたスケキヨマスクしか出てこなくなるという、ホラー映画苦手民には親切な設計になっていた(来るぞ来るぞ~→イター!みたいな)。やがてセリックは現代にも残り続ける共産時代の遺産と有害な男性性に取り込まれていくわけだが、これらを悪魔崇拝と置換することで、その異常性と団結力を視覚化していく。画面設計と悪魔の登場ということで、こりゃ明らかにオズグッド・パーキンス『Longlegs』の真逆やってて笑った。同作はシネスコなのにど真ん中にしか人を置かず、空白に怪異を置いていた映画だった。学校の異常性は基本的に校長一人が負っていたが、"我殺す故に我あり"とか"ソ連は美しい国だった"とか危ないパワーワード製造機になってて、死んでも教育を受けたくないような人間だったのが良かった。そして、基本的にそういった軍人男たちは悪魔崇拝者という極化された設定を負っていたのに対して、唯一の女性であるアリーナは複雑な人物として描かれている。様々な理由で息子を愛すことが出来ず、おそらく自分の知る唯一の男性像としての"男らしさ"を押し付けることになり、ホモソ空間だけが"男らしさ"の延命に寄与しているわけではないことを提示する。ただ、アリーナに全部を負わせるのはちょっと重すぎる気がするので、途中から可哀想になってしまった。

また、カザフスタン映画の新たな伝統として"繰り返し"というのがあり、"絶対オナニー見せたいおじさん"が退散するあたりから同じ台詞を繰り返すシーンが増えてくる。これは伝統の継承と共に、操られる人間が思考停止でそれに従う姿を見せているのではないか。ゲームのNPCみたいだなとすら思った。

・作品データ

原題:Кадет
上映時間:123分
監督:Adilkhan Yerzhanov
製作:2024年(カザフスタン)

・評価:80点

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