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ヨー・シュウホァ『黙視録』家のカーテンはキチンと閉めよう

2024年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。ヨー・シュウホァ長編二作目。狭い国土にマンションが乱立する関係で隣近所との物理的距離が近くなるシンガポールでは、近所の人の生活が全部目に入ってくるらしい。深淵もまたお前を…ではないが、こちらから近所の人が見えているなら、近所の人からもこちらが見えているわけで、日常生活に見る/見られるの関係が図らずも成立しているらしい。それに加えて監視国家として大量の監視カメラがあるため、人々の見る/見られるを国家に見られているという構図が誕生する、とのこと。映画は幼い娘が行方不明になった若い夫婦の物語で幕を開ける。妻は娘の映る録画映像を何度も見つめる一方、夫は公園でのビラ配りを母親に丸投げし、ビラを断った女性をデパートでストーカーするという奇行を見せる。すると、自宅に若夫婦のこれまでの生活を録画したDVDが届けられるようになり云々。展開自体は非常に早く、見る/見られるとか追う/追われるという関係性はあまりにも簡単に反転し続けるのは面白い。ただ、その関係性に拘りすぎるあまり、不自然さが目立っていたし、掘り下げ不足なのであまり興味は持てなかった。あと、セックスするならカーテンは閉めろ。DVDお届け犯はすぐに見つかって、今度はこの男(リー・カンション)と夫婦の過去パートが始まるんだが、全員道徳未履修か?というくらい終わってた。妻が短髪なので途中から『恋する惑星』を思い出していたが、よくよく思い返してみると同作のフェイ・ウォン篇も道徳未履修民の窃視と監視の映画だったなあと思うなど。怪しげな男をリー・カンションが演じているのもあって、絶妙に怪しさと親しみやすさが混ざり、ともすれば気持ち悪いような人物像を妙な清潔感ある人物へと引き戻していたのはさすが(ただ個人的な理由で申し訳ないけど苦手な俳優の一人であることは変わらず…)。終盤からは夫とリー・カンションの行動が重なり始め、自らの行動で娘を失った背景まで重なっていく。或る意味でリー・カンションは夫の未来の姿のようでもあり、ここでようやく見る/見られるの関係性が容易に反転する意味が"鏡合わせ"という形で回収される。結構終盤までフラフラしていた気もするが、終わり方は好き。久々の一本締め映画です。

・作品データ

原題:默視錄
上映時間:126分
監督:Yeo Siew Hua
製作:2024年(シンガポール他)

・評価:70点

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