
ブラディ・コーベット『ブルータリスト』"大事なのは旅路ではなく到達地だ"
2024年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。ブラディ・コーベット長編三作目。全編がVistaVisionで撮影された作品ということでヴェネツィアでのプレミア時には終映時に映写室で歓声があがったという。物語は二部の本編に序曲とエピローグが付け足されている構成になっており、それらはリンクと反復を繰り返している(まさに設計された教会と似ている、ラースローの章とエルジェーベトの章がインターミッションという地下道で繋がっているのだ)。物語は第一部で1947年にハンガリーからアメリカにやって来た建築家トート・ラースローが、先にアメリカに来ていた従兄弟アッティラを頼ってフィラデルフィアに辿り着き、再び"発見"されるまでを描き、第二部では新しい施設の設計士に大抜擢されるも崩壊していく様を描いている。トート・ラースローがラズロ・トスになり、ラズロ・トスがトート・ラースローに戻ってく、まるで『バリー・リンドン』だ。そうなると、アメリカにやって来て始まった物語は、イスラエルに"帰る"ことで終わることになるはずだ(トロントのQ&Aでは実際に帰ると回答したらしい)。知らんけど当初はそれを描く予定だったけど、ガザ虐殺の影響で変更したんだろう。だから明白な対比があるのにラストだけ曖昧にされて歪な形になっているのだろう。女性描写もそうだ。エルジェーベトは"母は基盤だ"と言う。ジョーフィア、ハリソン、ウィリアムと"母親"を亡くした人物が多く登場し、エルジェーベトは母親にはなれず、唯一母親になったジョーフィアはイスラエルへ行くのだ。実在の人物ならまだしも創作の人物でここまでお膳立てしたら、結末はただ言ってないだけである。あと、あの教会は、初登場シーンからして『第七の封印』の死神ダンスだったし、完成したものも巨大な棺桶というかガス室みたいだなあと思ったら、やはり収容所をモチーフにしており、第一部の図書館が本を隠していたことを考えると、ラースローの設計する建物は人々ではなくその病理を保護しているようにも見える。全ての道がイスラエルへの"移住"に繋がっていて、しかも、結局誰かの支配下に置かれることになったアメリカ編に対して、"自分たちの国"で自由に暮らすイスラエル編が無邪気に対置されるはずで、それが"移住"ではなく"入植"となることになんの疑問も持ってなさそうな上に巧妙に隠されているのが始末が悪い。頑張ってそれらを抜きにしても、リンクと対比という骨格だけ残ってるブルータリズム映画なので、思わせぶりなわりに大事なとこを雑に扱ってて、いや嫁をけしかけたのお前やろ!いや喋れるんかい!いや歩けるんかい!で三回椅子からずり落ちた。ヴァンビューレン親子のジョーフィアとラースローに対する性暴力も、より大きな主語に回収され記号化されたままあっさり流されてしまうのも嫌い。ちなみに、編集はヤンチョー・ミクローシュの息子ダーヴィドが担当している。ブラディ・コーベット、モナ・ファストヴォルド作品はほとんど彼が担当しているので、題材がハンガリー人の話だからではなさそう。話題のAI使用は彼のインタビューからバレたらしく、彼も難しい単語は発音の協力をしたらしい。

・作品データ
原題:The Brutalist
上映時間:215分
監督:Brady Corbet
製作:2024年(アメリカ)
・評価:30点
・ヴェネツィア映画祭2024 その他の作品
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