サイード・ルスタイ『Leila's Brothers』イラン、家父長制の呪いとサフディ的衝突
2022年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。サイード・ルスタイ長編三作目。レイラは40歳になったが、未だに両親と4人の兄弟の世話をしている。氏族の家長が亡くなって後継者争いが熾烈化する中で老父エスメイルは次期家長を目指しているが、それには後継指名者ベイラムの息子の結婚式で大量の金貨をプレゼントする必要があり、金欠一家にはちと厳しい。一人目の息子パルビズは娘たちを養うためにデパートのトイレ掃除をしながら、勝手に客から使用料を取っている。二人目のファルハドは車以外の財産のない脳筋で、三人目のマヌシェルは借金まみれでマルチ商法に手を染めている。一家の稼ぎ頭だった真面目なアリレザも、工場閉鎖によって職を失い、暴動にビビって未払金獲得も諦めて逃げ帰ってきた。そこで、レイラは一番真面目なアリレザを誘って、兄弟でデパートに店を開こうと提案する。親戚によるエスメイルやその家族への仕打ちは相当なものだったようで、作中でも重要な儀式として中心に置かれている"結婚式"についての幾つかのエピソードによって、イラン式"村八分"のエゲツなさ、それによって見えてくる"家父長"のパワーと、それを羨望するエスメイルの頑迷さが鮮明になる。それは一家を苦しめる続ける呪いでも、エスメイルを縛り付ける呪いでもあり、家族は二つの呪いに対処する必要に迫られる。
物語は鈍重なサフディ兄弟のような絶妙な疾走感と失速感を伴って展開していく。ここで話の中心にいるのはレイラであり、家族を世話し、家族を動かし、家族全員が幸せになることを目標に動いているのだが、彼女が女性であるからという理由で物語から締め出されることも多いのが興味深い。マヌシェルの持ちかける詐欺の話は女性だからオフィスに入れない、ベイラム息子の結婚式では男女で会場が分けられている、店を買う契約書にサインできない、等々。恐らくレイラが男だったら、自分で動いているだろう部分で、愚鈍な兄たちを動かさざるを得ない状況が生まれている。それによって、追い詰められた家族はだいたいのことをレイラのせいにするというクズムーヴをかまし、"女らしくない"と両親からも蔑まれている。結婚できなかったのも彼女を"夢の家父長"のための駒として扱いたかったエスメイルの勝手だったのに、結局バカなので何も出来ずに家政婦扱い。つまり、彼女はどん底一家のどん底にいる。そんな彼女とアリレザとの会話が非常に興味深い。自分の意思で自由に活動できるという男性側の視点に立ちながら、自分から動くのを怖がるアリレザに対して、動きたくても様々な制約によって動けないレイラという対比がここで明確になるが、確かに二人の行動は一貫している。だからこそ、残りの三人兄の数合わせ感が勿体ない。もっと尺があったらファルハドも暴れてただろう。
先述のアリレザとレイラの会話の中で、『おしん』に触れられることがあった。イランでは1986年から国営テレビで放映され、イラン・イラク戦争で苦境にあったイラン人の共感を呼び、最高視聴率は90%を超えることもあったとか。レイラは"『おしん』がなかったら惨めな生活を乗り越えられなかった"とまで言っている。店を持つというのは『おしん』の再演という意味もあるのか(観てないのでよく分からず)。しかし、現代において彼らを繋ぎ止めるものは存在しない。それぞれの私利私欲によってバラバラになって窒息するしかないのだ。
・作品データ
原題:برادران لیلا
上映時間:160分
監督:Saeed Roustaee
製作:2022年(イラン)
・評価:80点
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