【ネタバレ】ルーカス・ドン『CLOSE / クロース』レミとレオの"友情"と決裂
2022年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ルーカス・ドン長編二作目。前作『Girl/ガール』が"ある視点"部門からカメラ・ドールに輝き、コンペに昇格した形になる。今回の主人公は幼馴染のレミとレオ。二人は互いに親しく、基本的にはずっと一緒にいる。屋外ではレミの両親が経営する花農場を駆け回り、室内ではレミの部屋に泊まって一緒のベッドで寝ている。彼らの間を結ぶ感情は友情より濃いが、そこに恋愛感情が混ざっているのかは自分たちにも分かっていない。学校に通い始めたある日、レミとの"密接な"友情を"オカマ"と罵られたレオは、レミを明らかに嫌煙するようになる。そして、オーボエ奏者であるレミと対抗するように、アイスホッケー部に入って、クラスの一軍男子の繰り出す興味もないサッカー話に相槌を打つ生活を選ぶ。学校での何気ない日常風景がやたらと多く、ローラ・ワンデル『プレイグラウンド』を意識してるのか?と思うなど(どっちもベルギー映画だし?)。本作品の大きな見せ場として、自転車や自分の足で疾走する二人を横移動で捉えるショットがあるんだが、レミとレオの関係性が変質してくにつれて、横移動の長回しが苦痛に満ちたものに変化していく。最初は笑顔で走り抜けていたのに、いつの間にか同じ方向に進んでるはずの二人が離れようと、別れようとするように変化していくのだ。もう一つの特徴として、主人公レオの視線が挙げられる。興味のない話に相槌を打ちながら、彼の視線は校庭を行き交う人々の間を縫って、別の場所にいるレミに注がれている。二人が離別する前、レミから視線が帰ってきていた、つまり二人は見つめ合っていたわけだが、離別後は離れた方のレオからの視線の一方通行となってしまう。
★以下、ネタバレを含む
中盤でレミが自殺して以降、物語は遺されたレオのやり場のない感情と視線の物語となる。そしてそれはレミの母親ソフィに向けられる。レミが参加するはずだった演奏会、レミの葬儀など、群衆の合間から彼女を覗き見るショットでは、やはり視線が回収されないが、それは永遠に回収できないレミの視線をソフィで回収しようとする、つまりレミとソフィを重ね合わせているようにも見える。逆に、レオの変化を知らないソフィは、レオにレミを重ね合わせる。二人は互いに互いをレミに重ね合わせて、やり場のない感情を整理しようとしているのを、視線劇で表しているのだ。加えて、レオは学校でのカウンセリングに巻き込まれるが、レミのことなど全く気にもとめていないような同級生が"レミは優しいやつだった"と白々しく呟くのに抵抗感を持つ。彼を一番よく知ってるのは僕だ。しかし、それならなぜこうなってしまった?と自問自答を繰り返す…わけだが、前半のテーマの繊細さはどこへ?と疑問に思うほど後半はありきたり(描写そのものはずっと繊細なので観てはいられるのだが)。ちょっとセンチに寄りすぎか?間違いなく良作だが、魅力的な設定を活かしきれてないし、もっと踏み込めた気がする。中間点にあるレミの死によって流れが変わる構成はトレイ・エドワード・シュルツ『WAVES / ウェイブス』に近く感じるが、まぁ正直どっちも上手くはないと思う。
ソフィを演じるのはベルギーを代表する女優エミリー・ドゥケンヌ。出番はそこまでないものの、存在感は主人公よりも大きいかもしれない。ちなみに、1999年のダルデンヌ兄弟『ロゼッタ』で主演女優賞を受賞して以来のコンペ作品であり(正確にはカンヌレーベルに『ラヴ・アフェアズ』が選出されている)、同じコンペにはダルデンヌ兄弟の新作も並んでいる。一緒にフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンもコンペに選出されており、正にベルギー映画界の重鎮と中堅と新人が相見えた回となった。
・作品データ
原題:Close
上映時間:105分
監督:Lukas Dhont
製作:2022年(ベルギー, フランス, オランダ)
・評価:60点
・カンヌ映画祭2022 その他の作品
1 . ジェームズ・グレイ『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』1980年代NYで少年が知った"白人の特権"
2 . タリク・サレー『Boy from Heaven / Cairo Conspiracy』"国家とアル=アズハルは対立してはならない"
3 . 是枝裕和『ベイビー・ブローカー』男たちが身を呈して守る母性神話
4 . アルノー・デプレシャン『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』互いを憎しみ合う姉弟の子供じみた喧嘩集
5 . ルーカス・ドン『CLOSE / クロース』レミとレオの"友情"と決裂
6 . デヴィッド・クローネンバーグ『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』手術はセックス、セックスは手術
7 . パク・チャヌク『別れる決心』別れる決意、愛する決意
8 . フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ『帰れない山』イタリア、父親を透かし見るグロテスクな友情物語
9 . イエジー・スコリモフスキ『EO イーオー』この世の罪を背負う超越者としてのロバ
10 . ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ『フォーエヴァー・ヤング』パトリス・シェローと私とみんな
11 . アリ・アッバシ『聖地には蜘蛛が巣を張る』イラン、聖地マシュハドの殺人鬼を追え
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