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ナビル・アユチ『カサブランカ・ビーツ』モロッコ、不満と魂をリリックに乗せて

2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。カサブランカ郊外に若者向けの文化センターを開設した監督本人の実体験を基にしているらしい。本作品の主人公は、自身もラッパーであるアナス・バスブーシ演じるアナスである。彼は文化センターで子供たちにラップを教えるために見慣れぬ土地に踏み込んだ。映画は大きく二つのパートに分かれている。一つはアナスと生徒たちの交流風景である。ラップでは宗教や政治のことは話せないといった議論、ラップの練習、みんなで部屋の壁を塗り替えるなど全員が仲良くヒップホップ道を極めていこうとする姿が描かれる。もう一つは文化センターの外側での生活風景である。男女平等かつ自由でいられる"ステージ"としての教室と対照的に、外の世界は男尊女卑、家父長制、イスラム教などが存在し、生徒たちを様々な形で苦しめている。アナスの雑なヒップホップ史によると、ヒップホップはチュニジアのジャスミン革命とそれに続くアラブの春において、政府や現行システムに抗う手段としての強さが証明され、だからこそ日常生活から見える社会/世界への不満を魂ごと歌詞に乗せるべきだ!としている。

昨年のベルリン映画祭コンペ部門に選出されたマリア・シュペト『Mr. Bachmann and His Class』という作品がある。これは、多種多様な背景を持つ生徒が集められたバッハマン先生の教室を1年追ったドキュメンタリーである。この作品の中で、バッハマン先生は生徒たちに対して自分の頭で考えてそれを徹底して言語化させることを促す。そうすることで、持っていた偏見などを表面化させ、間違いに気付かせるのだ。本作品でも似たようなディスカッションが、生徒の間だけではあるが登場する。しかし、200分かけて数回の授業を深掘りした同作に比べると、生徒本人の描き方も議論の描き方も深みに欠けていて、正直劣化コピーといった印象を拭えない。しかも、冒頭と終盤に自分の人生論に沿ったお説教みたいなのが入るので、バッハマン先生の授業は受けたいと思ったが、アナスの授業は特段受けたいとは思わなかった。

それでも、ラップという武器を得た生徒たちが、旧来の価値観を押し付けてくる人々にラップを使って対抗する姿は確かにパワフルで、自信と自己表現力を味方にした人間が本当に社会を変えることができるだろうという信念が伝わってくる。

追記
2021年カンヌ映画祭コンペはこれにて終了。この年はお友達の"巨匠"たちを並べただけのコンペだったので、次の年のコンペ作品発表前に全部揃ってしまった。また、24本中6本に4.5/5を、10本に"平均未満(3.0未満)"を付けたという、評価が二極化した年でもあった。審査員の真似事をすると、以下の通り。

・パルムドール:『TITANE / チタン』
・グランプリ:『インフル病みのペトロフ家』『Everything Went Fine』
・審査員賞:『パリ13区』
・監督賞:濱口竜介(『ドライブ・マイ・カー』)
・男優賞:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ(『ニトラム / NITRAM』)
・女優賞:レナーテ・ラインスヴェ(『The Worst Person in the World』)
・脚本賞:ブリュノ・デュモン(『France』)

パルムドールと女優賞、男優賞は変わらず。本家もグランプリは二つ選出しているのでこちらも遠慮なく。

・作品データ

原題:Haut et fort
上映時間:101分
監督:Nabil Ayouch
製作:2021年(モロッコ, フランス)

・評価:50点

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