見出し画像

アーロン・シンバーグ『A Different Man』"人生におけるすべての不幸は、現実を受け入れないことから生じる"

傑作。アーロン・シンバーグ(Aaron Schimberg)長編三作目。前作『Chained for Life』はルッキズムやエイブリズム全開の映画内映画とそれらが全く意識されない"現実世界"を対比させながら、初めての大役に不安を感じる主演俳優の等身大の姿を切り取った作品であり、不思議な居心地の良さと悪さを共存させる手法に舌を巻いた覚えがある。本作品でも映画内映画というか映画内演劇を使用することで、その差異を際立たせようとする。異なるのは、そこに『セコンド / アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転身』的なステータスの入れ替えをある種のボディホラーとして視覚化すること、そしてこれがA24製作となったことだ。他の記事でも何度も書いているが、今年は私の推し監督たちが次々に新作を撮って出世しているので嬉しい限り…ではあるのだが、"クセのある監督のクセを大衆向けにマイルドにする"というA24の悪いクセが適応されてしまっているような気もする。物語は神経線維腫症を患う売れない俳優エドワードを主人公としている。彼の生活は常に不運に付きまとわれているように描かれ、彼自身にも自信がなく内気で、その遠因たる顔を変えたいと考えるようになる。ある日、隣家に引っ越してきた駆け出しの劇作家イングリッドと親しくなるが、優しく接してくれる彼女にも超えられない壁があるようだと知る。そして、エドワードは投薬実験に志願し、イケメン男ガイへと生まれ変わる。暫くして、不動産業者として成功したガイは、イングリッドがエドワードについての舞台劇を準備していると知って接近する云々。前作にも本作品にも出演するアダム・ピアソンは"ステレオタイプに挑戦するためには、まずステレオタイプが存在することを証明する必要がある"と語っており、エドワードの存在は非当事者から見た"ステレオタイプ"に該当するのだろう。言葉を選ばずに書くと、皆から好奇の目で見られるような顔(実際に電車の乗客にジロジロ見られるシーンがある)のせいで内気で自信のない性格になった可哀想な人、という人物像である。しかし、イケメン男ガイに"転身"しても、女性は寄ってくるし仕事も成功するけれど、それ以上は満たされない。彼が元々俳優だったことも鑑みると、エドワードはガイとなってエドワードの仮面を脱ぎ捨てたと思ったら、実はガイの方が仮面だったということか。
仮面に関連すると、インタビューで監督/アダム・ピアソン/セバスチャン・スタンはフィルターをかけた画像を投稿する人々に言及している。彼らの価値観が社会や他人からの評価、育てられ方など様々な要素によって形成されており、エドワードもその一人であるとし、そんな自分を受け入れられない或いは受け入れようともがく人々に"自分を愛せよ"と他人が言うのはあまりにも簡単だ、としている。

イングリッドの存在も強烈だ。まず、イングリッドは不意にエドワードに手を握られて、それを離すというシーンがある。彼女にそもそも好意がないのにエドワードが勘違いしたのか、イングリッドの心の奥底に嫌悪感があるのか、曖昧に描かれているが、後にこのシーンを劇中劇で反復する際に"彼を被害者にしていた"と語ることから、後者であることが判明する。その後も所謂"健常者の気付き"としてのマイクロアグレッションを繰り返し、違和感の伏線を回収していく。そして登場するのがアダム・ピアソン演じるオズワルドである。彼は稽古中に偶然通りかかったことでガイや劇団と知り合うことになるのだが、エドワードと同じ病を抱えながら謙虚でポジティブな性格で、すぐに中心へと入り込んでいく(ちなみに、イングリッドと最初に馬が合ったのはトニ・モリスン『青い眼が欲しい』を好きという話題だったが、これは白人の容姿に憧れる黒人少女の物語である)。エドワード=ガイとオズワルドのエピソードとして象徴的なのは口笛を吹けないというもので、エドワードはこれを恥じて"口笛もできない"とするのに対して、オズワルドは"(色々できることも多いが)口笛はできない"としていることだ。やはり、エドワードとオズワルド、それぞれのエピソードがアダム・ピアソンの実体験をある程度参考にしているということで、それぞれの描き分けも上手い。ピアソン自身はここまで陽気ではないと語っている通り、オズワルドはステレオタイプの裏返しということだろう。ただ、ここまで両極端だと少々記号的すぎるような気もしてしまう(特に終盤の失速を見るに)。ここまで記号化してしまうと、結局顔より中身だよね、みたいな話になってこないか?そんな単純な話でもないと思うが…となるなどした。

それにしても、マイノリティの経験/物語を大衆向けに一般化しながらも極めて個人的な物語として成立しているという点で、こちらも前作で有名になって新作がA24製作となったジェーン・シェーンブルン『I Saw the TV Glow』に似ているのが興味深い。だからこそ、両立させる塩梅を間違えなかったシェーンブルンの手腕が光り、一般化に傾きすぎてしまったシンバーグは少々劣るように見えてしまう。今年は推しが活躍しすぎるという異常事態YEARなので、通常なら目に付かなかっただろうことまで見えてしまうのが辛いところ。

・作品データ

原題:A Different Man
上映時間:112分
監督:Aaron Schimberg
製作:2024年(アメリカ)

・評価:80点

・ベルリン映画祭2024 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
3 . アブデラマン・シサコ『Black Tea』広州のアフリカ系移民街に暮らす人々の物語
4 . マティ・ディオップ『ダホメ』ベナンに戻ってきた美術品たちについて
5 . ヴェロニカ・フランツ&セヴリン・フィアラ『デビルズ・バス』オーストリア、追い詰められた女たち
6 . アーロン・シンバーグ『A Different Man』"人生におけるすべての不幸は、現実を受け入れないことから生じる"
8 . ブリュノ・デュモン『The Empire』フランドルの"スター・ウォーズ"は広義SF映画のカリカチュア
10 . マルゲリータ・ヴィカーリオ『グローリア!』音楽を理論や楽譜や権力や階級から解放する映画
13 . マリヤム・モガッダム&ベタシュ・サナイハ『私の好きなケーキ』イラン、老女の恋は泡沫の夢
14 . ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス『ペペ』ドミニカ共和国、カバのペペの残留思念が語る物語
15 . ミン・バハドゥル・バム『Shambhala』ネパール、シャンバラへゆく者
17 . グスタフ・モーラー『Sons』デンマーク、刑務所の"息子たち"
19 . ホン・サンス『A Traveler's Needs』マッコリ大好きナチュラルサイコ教師ユペール
20 . Meryam Joobeur『Who Do I Belong To』チュニジア、息子を"失った"母親の心象世界

★エンカウンターズ部門選出作品
4 . ギヨーム・カイヨー&ベン・ラッセル『ダイレクト・アクション』フランス北西部ZADで抵抗する人々の生活と活動
5 . ルート・ベッカーマン『ウィーン10区、ファヴォリーテン』オーストリア、イルカイ先生の教室
10 . チウ・ヤン『空室の女』中国、機能不全家族を描く機能不全な映画
13 . ネレ・ウォーラッツ『目は開けたままで』ブラジル、"翻訳している相手のことを本当に理解してる?"

いいなと思ったら応援しよう!

KnightsofOdessa
よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!

この記事が参加している募集