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ラヴ・ディアス『West Side Avenue』ここにいるためにアメリカ人となる必要はない

大傑作。ラヴ・ディアス長編四作目。アメリカ、ニュージャージー州の歩道で、フィリピン人の少年ハンゼル・ハラナが射殺された。ラヴ・ディアスらしからぬ深夜の雪深い歩道で幕を開ける本作品は、アメリカを舞台とした5時間の大作であり、キャリア最初期の記念碑的作品と見做されている。脚本家として働いていた時代に偶然招待されて行ったアメリカで、フィリピンでは得られない自由さ、異なる観点、インディペンデント界隈の人々のエネルギーを肌で感じたディアスは、その後数年間アメリカに滞在していたらしい。フィリピンの外に出たことで、フィリピンでの経験がクリアになり、また、フィリピン人ディアスポラの状況などを目の当たりにし、本作品の製作を決意したのだとか。登場人物の8割は実在の人物をベースにしているなど、自身の経験を強く反映させている。"300年以上に渡ったスペインの植民地支配、それを奪い取ったアメリカ統治下の100年、4年間の日本統治、20年以上に渡るマルコスのテロ、これら全てが我々の文化や精神を破壊した歴史を検証しなければならない"という言葉の通り、フィリピン国外からフィリピンの過去/現在/未来を検証する作品となっている。

本作品の主人公はニュージャージーで刑事として働くフアンである。彼はハンゼルが射殺された事件を追い、事件の関係者や近隣住民、親族にインタビューを重ねていく。彼らの証言は再現映像として挿入され、たっぷり300分近く掛けて、ハンゼルがどのようにアメリカにたどり着き、路上で射殺されることになったのかを丁寧に描いていく。フィリピンで恋人がお見合い結婚してしまって、失意のうちに渡米したこと。アメリカには、看護師として渡って、患者の白人老人と再婚した母親ロリータがおり、彼女を連れ戻して壊れた"家族"を取り戻そうとしたこと。ロリータにはその気持が微塵もなく、夫が寝たきりなのを良いことに謎のフィリピン人お手伝いの若い男バルトロと不倫していること。ロリータよりも先に渡米した彼女の父親(ハンゼルの祖父)は、ハンゼルと良好な関係を構築しており、ハンゼルの自立を支援していたこと。しかし、母親に罵倒されたことをきっかけに、シャブの売人とつるみ始めたこと(ちなみに、タガログ語でもシャブは"シャブ"と呼ばれるらしい)。そして、売人グループのボスと敵対関係になったこと。ロリータ、恋人ドロレス、祖父はそれぞれハンゼルを救えなかったことに責任を感じており、300分の回想は主に彼らの目線で語られることになる。

そこにフアンの人生も重ねられる。フアンの父親は彼が幼い頃に消え、母親は父親を探しながらずっと泣いていた(彼女は今はアメリカにいて、植物状態で入院している)。元妻と二人の子供はメリーランドに暮らしているが疎遠状態。人も殺してしまった過去とその悪夢も頻繁にフアンの心を蝕む。彼を取り巻く孤独感、孤立感、もがいても家族を取り戻せない手詰まり感、母親と意思疎通が取れない現状、子供の面倒も見てない現状、など。 また、マルコス時代に軍にいた過去があることから、映画内で"マルコス時代の過去"を背負う人物でもあり、自身の経験からハンゼルの死は同胞によるものだと感じ取っている。つまり、フアンはハンゼルであり、ロリータであり、犯人でもあるのだ。

登場人物たちのサンプリングも興味深い。アメリカ人の中産階級と結婚したロリータ、彼女に寄生する犯罪者バルトロ、アメリカ育ちで英語が第一言語のドロレス、第二次世界大戦で日本と戦ったハンゼル祖父、フィリピン人のシャブビジネスを構築する二人のフィリピン人実業家、など既にある白人の階層構造にぶら下がるように形成されたフィリピン人のコミュニティの階層構造、及びその搾取構造には、人数が本物の国家(つまりフィリピンそのもの)に比べて少ないからこそ、ミニ国家としての構造が見えてくる。それはアメリカ統治時代に英会話を強要されたハンゼル祖父と、アメリカで暮らすために英会話を強要されたドロレスの対比のように、国家の関係性や歴史にまで及んでいる。

ミゲル・ファビエ三世による撮影は、特に光の柔らかい質感が素晴らしい。基本的に夜の場面が多いのだが、ネオンランプや街灯の光、道に残った雪に反射したそれらの光が全て柔らかく、それでいてフアンやハンゼルたちフィリピン人ディアスポラを完全に拒絶するような冷たさもあって、まるでジャージーシティの別の顔を表面化させたかのようだ。"ここにいるために、アメリカ人となる必要はない"というドロレスの言葉通り、独自の世界で完結していることの証左なのかもしれない。

ラヴ・ディアス流ネオノワールは、フィリピン人ディアスポラをカメラに収めるドキュメンタリー監督の登場によって締めくくられる。サウジアラビアで奴隷のようなメイド生活を強いられた女性が、渡米して安定した生活を得られたと応える続きに、刑事を辞めたフアンが自身の過去を語り始め、300分の地獄めぐりは更なる深い地獄としてフィリピンを覗き込むように幕を下ろすのだった。

・作品データ

原題:Batang West Side
上映時間:301分
監督:Lav Diaz
製作:2001年(フィリピン, アメリカ)

・評価:90点

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