ティム・サットン『Funny Face』地域開発業者、ヴィランになる
束縛してくる叔父夫婦の家から飛び出したイスラム教徒の少女ザマと、祖父母に厄介者扱いされる青年ソールの逃避行。といってもニューヨークからは出ず、生まれ育った街を破壊する不動産業者に一泡吹かせてやろうとするソールにザマが付き添う形で物語は展開していく。一言でまとめてしまえば、アンチ・ジェントリフィケーション映画である。ソールはバスケ好きらしく、ニュージャージーから本拠地をブルックリンに戻してきたブルックリン・ネッツが気に入らない様子で、応援しているニューヨーク・ニックスに自分を、ネッツに不動産業者を重ね合わせているようだ(詳しいことはよく分からん)。原題"Funny Face"はソールが被っている不気味な笑顔のマスクに由来している。本人が言う通り、マスクを被ることで別人となり、ある種のスーパーヒーローとして(自分に対する)間違いを正そうとする。しかし、どこにも行きたくないが、帰る場所も生きる場所もないという二人の現実逃避の旅は、意外にもどこにも結びつかずに終わってしまう。
彼らの"敵"である不動産業者の男は、高層マンションの自室で三人の若い女性のセックスを眺めながらワインを飲むというコミックのヴィランみたいなコテコテの描写がなされている。そして、映画は彼の父親を引きずり出し、ビルを建てて道を舗装するという一見息子と同じことをしているようで、そこに暮らす人々のコミュニティを含めてこの街そのものを作ったとする父親に嘆かせるという展開を持ち込むことで、より柔らかい表現で直接的なお説教をすることになる。最近の作品だと"都市開発やってる不動産業者も大変なんすよ"という炎上回避的な言い訳として添えられるこれらの挿話が、しっかり"今の不動産業者は悪い奴です"としているのが意外すぎて笑ってしまった。ただ、これらの描写が何かに昇華されるわけではなく、単にやり場のない憎しみを映画としてぶち撒けているだけになっているのは残念。
ヒジャブを被ったザマが遊びに行った店で、店主が彼女を怪しそうに見る横にトランプの写真が飾ってあって、彼の写真がわかり易すぎる差別主義への言葉なき示唆になっているのに時代を感じた。
・作品データ
原題:Funny Face
上映時間:93分
監督:Tim Sutton
製作:2020年(アメリカ)
・評価:60点
・ベルリン国際映画祭2020 その他の作品
★コンペティション部門選出作品
1. マルコ・ドゥトラ&カエターノ・ゴタルド『All the Dead Ones』奴隷制廃止後も生き残る旧時代の価値観
2. ダミアーノ&ファビオ・ディノチェンツォ『悪の寓話』世にも悲しいおとぎ話
3. ブルハン・クルバニ『ベルリン・アレクサンダープラッツ』フランツはまともな人間になりたかった
4. イリヤ・フルジャノフスキー&エカテリーナ・エルテリ『DAU. ナターシャ』壮大なる企画への入り口
5. ツァイ・ミンリャン『日子』流れ行く静かなる日常
6. ブノワ・ドゥレピーヌ&ギュスタヴ・ケルヴェン『デリート・ヒストリー』それではいってみよう!現代社会の闇あるある~♪♪
7. ケリー・ライヒャルト『First Cow』搾取の循環構造と静かなる西部劇
8. ジョルジョ・ディリッティ『私は隠れてしまいたかった』ある画家の生涯
10. リティ・パン『照射されたものたち』自慰行為による戦争被害者記録の蹂躙
11. ヴェロニク・レイモン&ステファニー・シュア『My Little Sister』死にゆく兄と戦う妹
12. エリザ・ヒットマン『17歳の瞳に映る世界』自己決定と選択の物語
13. サリー・ポッター『The Roads Not Taken』ごめんパパ、何言ってるか分からないよ
14. フィリップ・ガレル『The Salt of Tears』優柔不断な男の末路
15. アベル・フェラーラ『Siberia』悪夢と記憶の荒野を征く者
16. モハマド・ラスロフ『悪は存在せず』死刑制度を巡る四つの物語
17. クリスティアン・ペッツォルト『水を抱く女』現代に蘇るウンディーネ伝説
18. ホン・サンス『逃げた女』監督本人が登場しない女性たちの日常会話
★エンカウンターズ部門選出作品
1. Camilo Restrepo『Encounters (Los conductos)』髭面ノ怪人、夜道ヲ疾走ス
2. ティム・サットン『Funny Face』地域開発業者、ヴィランになる
3. Victor Kossakovsky『Gunda』豚の家族を追う親密なホームビデオ
5. マリウシュ・ヴィルチンスキ『Kill It and Leave This Town』記憶の中では、全ての愛しい人が生きている
7. クリスティ・プイウ『Malmkrog』六つの場面、五人の貴族、三つの会話
8. Catarina Vasconcelos『The Metamorphosis of Birds』祖父と祖母と"ヒヤシンス"と
9. Melanie Waelde『Naked Animals』ドイツ、ピンぼけした青春劇
10. アレクサンダー・クルーゲ & ケヴィン『Orphea』性別を入れ替えたオルフェウス伝説
11. Ivan Ostrochovský『Servants』神の下僕、国家の下僕
12. Pushpendra Singh『The Shepherdess and the Seven Songs』七つの歌で刻まれた伝統と自由への渇望
13. ジョゼフィン・デッカー『Shirley』世界は女性たちに残酷すぎる
14. サンドラ・ヴォルナー『トラブル・ウィズ・ビーイング・ボーン』小児性犯罪擁護的では…
15. C.W.ウィンター&アンダース・エドストローム『仕事と日(塩谷の谷間で)』ある集落の日常と自然の表情
よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!