
組織の心理的安全性を高めるマインドフルネス
心理的安全性とクリエイティビティ
今回は、組織の心理的安全性がクリエイティビティを高める上で、重要であることを紹介した後に、組織の心理的安全性を高めるために個人が簡単にできることの1つとして、マインドフルネスが有効であることを説明したいと思います。
心理的安全性(psychological safety)とは、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも、安心して発言できる状態のことで、学術的に長年研究されてきましたが、グーグルがその重要性をビジネスの世界に広めました。グーグルは社内プロジェクトで、最高のチームをつくるために必要な要因を調査した結果、心理的安全性という概念が最も重要であるという結論に達したのです。(詳しくは、「心理的安全性がクリエイティビティを高める」をご覧ください)
心理的安全性が確保されている職場では、各メンバーは、自分の発言が、チームの他のメンバーによって拒絶されたり、罰せられたりすることはないと確信でき、自由な発想が可能になります。
また、イスラエルのある研究によると、心理的安全性は、活力を高め、それによって、クリエイティビティが高まる可能性があることがわかりました。心理的安全性が高い職場では、誰もが安心して自分の意見を言うことができるので、それが仕事への活力を高め、クリエイティビティの向上につながるという好循環が生み出されるということです。
このように心理的安全性は、このnoteで提唱している「クリエイティブ・メンタルマネジメント」を実践する上で、とても重要な鍵になります。
では、心理的安全性を高めるためにはどうすればいいのでしょうか?組織の人間関係や雰囲気を良くすることは、もちろん大事ですが、今回は、個人で実践できる方法として、マインドフルネスの効用を紹介したいと思います。

善意の行動を増やすマインドフルネス
マインドフルネスについては、このnoteでも何度も取り上げていますが、(詳しくは、「ストレスや不安を減らす「マインドフルネス」」、「情緒不安定でも「マインドフルネス」でクリエイティビティが高まる」などをご覧ください)、マインドフルネスとは、次々に生じる今この瞬間の出来事や経験にありのままに気づいている状態やそれが定着した特性のことを指します。そして、マインドフルネスの効用としては、ストレスや不安の低減、集中力やクリエイティビティの向上などが挙げられますが、ここでは、マインドフルネスが「善意の行動」を増やす効果について見ていきたいと思います。
アメリカのノースイースタン大学心理学部のポール・コンドン博士らは、マインドフルネス・トレーニングを一定期間受けた人は、善意の行動が増えるのではないかという仮説の下、実験を行いました。
実験では、39人の成人を、8週間のマインドフルネス・トレーニング(週1回、2時間)を受けるグループと、何もトレーニングを受けないグループに分けました。ちなみに、マインドフルネスの内容は2種類あり、1つは特定の対象に意識を集中する瞑想で、もう1つは、慈悲の瞑想といって、他者を慈しむように教示される瞑想でした。
そして、8週間経過後、参加者全員が1人ずつ研究所を訪れました。そこで参加者は、待合室の椅子に掛けて待つように指示されました。すると、目の前を松葉杖をついた人(これはサクラです)が通りすぎ、席が空いていないので側に立っていました。ここで、参加者は席を譲るか否か、こっそり2分間観察されたのです。
結果は、ご想像の通り、マインドフルネス・トレーニングを受けたグループは20人中10人(50%)が席を譲ったのに対して、マインドフルネス・トレーニングを受けなかったグループは、19人中3人(約16%)しか席を譲りませんでした。ちなみに、マインドフルネスの内容が慈悲の瞑想だったかどうかは関係ありませんでした。
また、別の同様の実験では、モバイルアプリ(”Headspace”)を使ったマインドフルネス・トレーニングを3週間実施しました。すると、この実験でも、マインドフルネス・トレーニングを実施したグループは、席を譲るという善意の行動をする割合が、マインドフルネスを実施しなかったグループよりも5倍多いことが明らかになりました。
この2つの実験から、マインドフルネス・トレーニングを行うと、心が穏やかになり、注意力や観察力が高まるため、慈悲の瞑想のように他者を慈しむことを特別しなくても、他者への善意の行動が自然に増える効果があることが示唆されました。これは職場での個々人の善意の行動を増やし、組織の心理的安全性を高めるのに非常に効果的だと考えられます。

敵対心を減らすマインドフルネス
マインドフルネスが心理的安全性を高める可能性を示す別の研究を紹介します。それは、マインドフルネスが、集団に対する否定的な感情(敵対心)に及ぼす影響について検証した、2017年のイスラエルの研究です。
イスラエルの学際センターとテルアビブ大学の共同実験によるこの研究(2017年)では、今現在(2024年)、戦争状態にあり、集団間の対立が顕著なイスラエルとパレスチナで、マインドフルネス・トレーニングによる介入を行った貴重な研究です。この介入によって、相手の集団に対する否定的な感情が緩和されるかについて検証しました。
実験では、101人のユダヤ系イスラエル人を、以下の4つのグループに分けました。
① 8週間、マインドフルネス・トレーニングを受けるグループ
② 8週間、マインドフルネス・トレーニングに加え、認知的再評価の指導を受けるグループ
③ 8週間、認知的再評価の指導のみを受けるグループ
④ 8週間、何も指示されないグループ(統制群)
ここでのマインドフルネス・トレーニングは、ボディ・スキャン、座位での瞑想、ヨガから構成され、週に2.5時間、計8週間行われました。また、認知的再評価の指導(10分間)では、ネガティブな写真を見せられた後に、その感情に引っ張られず、まるで科学者のように分析的に写真を見るように指導されました。
こうして8週間が経過した後、参加者は全員ラボに集められ、パレスチナ人への怒りを誘発する4分間のビデオを全員が視聴しました。その後、パレスチナ人に対するネガティブ感情や脅威、そして、妥協案への支持について、全員が回答しました。
結果は、④グループ以外、つまり、マインドフルネス・トレーニングや認知的再評価の指導を受けたグループは、パレスチナ人へのネガティブ感情が低減し、パレスチナに対する妥協案への支持が高まることがわかりました。さらに、マインドフルネス・トレーニングを受けたグループだけ、相手に対する脅威が低減することがわかりました。
これは、マインドフルネス・トレーニングによって、自動的な反応や偏見に囚われず、注意をシフトさせることができるようになったため、ネガティブ感情や脅威が低減したと考えられます。このように、マインドフルネスには、集団への否定的な感情に対する制御能力を高める効果があると考えられます。
以上をまとめると、マインドフルネスには、善意の行動を増やしたり、他者への敵対心を減らしたりする効果が見られ、組織の心理的安全性を高める上で、非常に有効である可能性があります。今回紹介した研究は、8週間という比較的長い期間のマインドフルネス・トレーニングによる介入でしたが、もっと短い期間のマインドフルネス・トレーニングでも効果があるという研究もありますので、マインドフルネスを日常にうまく取り入れていきたいですね。
参考文献:
・Condon, P., Desbordes, G., Miller, W. B., & DeSteno, D. (2013). Meditation increases compassionate responses to suffering. Psychological science, 24(10), 2125-2127.
・Lim, D., Condon, P., & DeSteno, D. (2015). Mindfulness and compassion: An examination of mechanism and scalability. PloS one, 10(2), e0118221.
・Alkoby, A., Halperin, E., Tarrasch, R., & Levit-Binnun, N. (2017). Increased support for political compromise in the Israeli-Palestinian conflict following an 8-week mindfulness workshop. Mindfulness, 8, 1345-1353.