【130】勝手にズルい男。

この世には、性別の1つに男というものがあるようだ。

性別の定義は時代にはそぐわないようだが

自身も男の属性に分類されている。

この世にはいろんな男がいる。

草食系男子、肉食系男子、ダンディー、ちょい悪、チャラ男

一体誰がいつ決めて、流行らせて誕生したのか。

どうして系統的になっていくのか。

自身にどうこう出来る問題ではない。

自身はどんな〇〇男子なのか。

もう「男子」ではなくなったか。

大して歳を取っている訳でもないが

子供でもないし、青年でもない。

今までのちっぽけな人生にも

その時その時でそれなりに出会いがあったり、付き合いの時間が長くなれば考え方も変わったり、同じようなことでも感じ方が変わってくる。

自身は「ズルい男」が嫌いではない。

むしろ「ズルい男」は好きなのかも知れない。


自身の好きな「ズルさ」とはなにか。

それは

「いや、ちょっと待て。何だそれは。やめろそういうの。」

と瞬間的にツッコミを入れたくなるズルさのことだ。

脳裏に刻み込まれている出来事が2つある。

1つは、前職の外回りでの一コマ。

強面の先輩を助手席に乗せて走る高速道路。

非常に快晴だったこの天気が引き金となる。

必ず3食は抜かずに食べるそのスタンス。

12時過ぎれば昼食を取るのは当然だ。

「ほら」ぶっきら棒に渡された千円札に、自身は苛立ちを感じるまもなく

「あざっす、ざーす」

慣れというものは、感情の閾値を上げてくれるものなのだろう。

雑な扱いも命令も、その感情の変化は時間が解決してくれる側面もある。

「そうそう、この人はこういう人」

決めつけは良くない。それが分かっていても、人は自分のメガネ越しにその人を見てしまうものだ。

人はどこかで自分の眼鏡が曇っていないと感じている。

サービスエリアで適当にお昼を食べて小休憩。

トイレから戻ると車の近くで先輩が立っている。

強面の大男が、どこか自身を待っているかのように佇んでいる。

金剛力士像が擬人化したような勇ましい立ち姿。

「あれ、車の鍵なくしたのかな?」
「怒っているのか?なんか変なこと言ったっけ?」

沢山の?を抱えて競歩から小走りで向かうこと20m弱。

「すいません、遅くなりました。」

全く誠意の欠片もない平謝りに返答が返ってくる。

「おひさまが気持ちいいね。」


、、、。


「そうっすね。洗濯日和っすね。」


そこからの2時間位はそのことで頭がいっぱいになっていた。

髭面で強面の大男から発せられる「太陽」の表現方法。

自身ならどんな言葉を選択しただろうか。

きっと「晴れてていいですね」「快晴ですね」「天気いいですね」
そんなもんだし、自身の辞書にそれ以外はなかった。

「おひさま」にも色々あるのも分かる。

ただ、タイミングや、その人の印象とのギャップに

「いや、ちょっと待て、それはズルいよ笑」

と、心の中の自身は、ガヤ芸人ばりの反応速度でツッコミを入れる以外に平静を保つすべを持たなかった。

「おひさまが気持ちいいね」

最近の言動を振り返って。この言葉をチョイスした大人はどのくらいいるのだろうか。

見た目とは裏腹に天然なのだ。

そしてその見た目を定義した自身のメガネは曇っていたのだろう。

見た目も言葉もなにもなにも

その人は素直にその人を生きているだけなのだ。

この出来事の学びは他にも
「優しい感じの表現っていいな」とか
「おひさまってなんか可愛いな」とか
「おっと、だからと言って安心するなよ。いつでも雑な命令の仕事飛んでくるぞ」
というような具合である。

面白いズルさというか、ツッコミたくなるズルさというか。

そういうのが好きだ。プラスに裏切られることは悪くない。

そうして中距離移動の帰路は、ネズミ捕りの地点がある。

もちろん運転するのは自身だ。

「おい、この辺おまわりさん居るから気をつけろよ」

「オッス。」
(あれ?いまなんつった?警察じゃないよね、おまわりさんって言ったよね。だよねだよね。警察なる表現はされていませんでした。おまわりさんって久しぶりに聞いたし。いや、間違ってはないよ、むしろ正解。老若男女が分かる表現だしね。そう、別になにも間違ってない。)

マスクの下では広角が上がり

心の中では右手でバシッとツッコミを入れて

軽く説教を受けながら帰る。

そんな1日が自身の人生にはあった。

ズコーーーーっ!!

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