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産業遺産が照らし出す三池炭鉱の陰影— アンドルー・ゴードン氏が講演

 3月12日、大牟田文化会館で、アンドルー・ゴードン教授(ハーバード大学)が「三池炭鉱の産業遺産としての現状と可能性」というタイトルで講演した。主催はNPO法人大牟田・荒尾炭鉱のまちファンクラブと、熊本大学文学部の松浦雄介研究室(社会学)。
 ゴードン教授は日本の近現代史が専門の歴史学者。労使関係史が専門で、『The Evolution of Labor Relations in Japan: Heavy Industry』(邦訳『日本労働関係史』)の大著のほか、様々な著作がある。2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界遺産に登録されてからは、かつてのフィールドワークの現場が閉鎖され「遺産」となったことの意味を問い直す研究を進めている。
 ゴードン教授の研究の特徴は「影こそ光」の着眼点だ。ゴードン教授は、まず「明治日本」の産業遺産であることへ疑問を投げかける。なぜなら、明治日本の技術導入の「光」は、その拡充の中で動員された朝鮮半島や中国大陸からの徴用工、そして戦後の苛烈な三井三池争議と地続きだからだ。実際、世界遺産の力点が「明治」に置かれた背景には、世界遺産の登録に対する韓国の反対と、登録を実現する過程で「労働の強制」を認めた日本の妥協があった。そこで日本政府は、強制労働の負の歴史を強調せずに済む明治期に焦点を当てる戦略をとったわけだ。
 講演の後の質疑応答で印象的なやり取りがあった。それは、大牟田には徴用工を悼む「5つの場所で、6つの記念碑」があることを、ゴードン教授が「光」としてとらえていることだ。宮浦坑入り口近くに建てられた中国人殉難者の慰霊碑、町はずれの正法寺にある中国人殉難者供養塔と朝鮮人殉難者の不二之塔、在日韓国人団体が作った徴用犠牲者慰霊碑、馬渡にあった朝鮮人炭住の社宅が取り壊されたとき、壁に書かれていた望郷の落書きの碑、そして大牟田市石炭産業科学館にも、小さなスペースではあるが望郷の落書きの展示がある。また、大牟田市では市長も参加する慰霊祭が行われている。悲惨な歴史が伝えられていることこそ、歴史学者として評価したいというわけだ。

「支援にかけつけた炭労オルグ」(1962年7月27日)=2024年3月13日、熊本学園大学 水俣学研究センター新日本窒素労働組合旧蔵資料データベースより引用 https://gkbn.kumagaku.ac.jp/minamata/db/rekishi_photo_shousai.php?photo=1167

 もう一つゴードン教授が評価するのは、三井三池争議をはじめとする激しい労働運動がもたらした、「簡単に首を切らない」日本の労働慣行だ。石炭から石油への移行に伴い三池鉱山は人員削減案を発表した。これに反発した三池労組は、戦後最大規模のストライキを展開したが、最終的に労働組合の分裂と敗北で終わった。ストライキ中の組合員が暴力団員に刺殺された事件や、458人の死者を出した炭塵爆発が起こったことも、暗い歴史を印象付ける。しかし、こうした闘争は経営側にも解雇に対する忌避感をもたらし、70年代の高度経済成長期において労使協調と長期雇用の労働慣行を生み出したというのがゴードン教授の見解だ。 かつて、ゴードン教授は「ダーク・ツーリズム」が単純に悲惨な過去を固定化するのではなく、影がもたらした「光」の側面を取り入れられるのではないかという趣旨の講演を行っている。その問題関心は今もまだ健在のようだ。(2024年3月12日)

(参考・関連記事および動画)
ゴードン教授の「ダーク・ツーリズム」に着目した過去の講演会(2019年6月21日、東京大学)

三池炭鉱における慰霊碑・殉難碑に関する記事


講演会のチラシ

※ヘッダーの三池労組の絵画は2024年3月13日、法政大学大原社会問題研究所公式サイトより引用
https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/english/public/images_1945/mining-industries-posters/index-39/4/

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