[小川学長独占インタビュー]値上げしないようあらゆる努力尽くす 国立大、学ぶ権利の危機 支援に国民の理解を
東京大などで学費値上げが検討される中、熊本大学新聞社は6月末、小川久雄学長に学費値上げの可能性の真偽や、熊大を取り巻く状況、国立大学のあり方などを聞いた。(取材班)
熊大ですぐ値上げの状況でない 様々な状況を見極め中
——まず、6月5日の記者会見において、熊本大学でも学費が上がる可能性を示唆されたが、事実確認をしたい。
「結論から言うと、熊大ですぐに学費値上げする、という状況ではない。熊大の周辺環境は(TSMCなど)比較的恵まれている。産学連携、ネーミングライツの他、教育に差し障る削減はできないが、教職員一丸となって経費削減を努力している。今の授業料は法人化以後20年間上がっていないという事実はあるが、こうした努力を行っており、現状、すぐに上げるということではない。まだ現時点では様々な状況―光熱費や人件費などの経費上昇、基盤的な運営費交付金の継続的な削減―などを見極めている段階だ」
——東大など一部の大学では競争的資金(注:科研費、補助金など)を獲得しているようだが。
「各大学で状況は異なると思うが、教育環境は総じて苦しい状況にある。研究費や外部資金をどれだけ取り込めるか、という努力を続けて頑張っているが、それでもどうしても、もう耐えられないとなれば考えなければならない。しかし、現時点ではとりあえず1年間は様子を見よう、という立場だ」
具体的な期限もうけていない
——まだ「見極め」の段階にあるということだが、「1年間」というのは今年度いっぱい状況を見て来年度から上げる可能性があるということか。
「いや、そういう状況ではない。急にできるものではない。今年度の状況を見て、では来年からあげます、とはいかない。どこから1年間か、というのはちょっとはっきりと言えないが…とにかくしばらく様子を見てみよう、という趣旨の発言だ。少なくとも1年間は様子を見ないとわかりようがない、というのが正直なところだ」
——つまり、値上げの具体的な期限を設けたわけではない、と。
「その通りだ。6月(5日)に発言したから、来年の6月までだ、ということではない。厳格に1年という期限を設けているわけではない」
——例えばだが、いつからか学費を値上げする、とする。今から学費を値上げすることを検討し始めたとして、最終的に学費が値上げされるのは、例えば再来年度、などと今の段階でわかるものなのか。
「今まで(法人化以後は)学費を上げたことがないから、前例が無くなんともいえない。具体的にいつから検討し出して、いつから値上げする、というような時間的な展望はない。ただ、財務状況と人件費などの経費の兼ね合いは難しい状況にある」
——何の手も打たずに今のまま行っても現状では厳しい状況にあるのも事実、ということか。
「その通りだ。一番重視しなければならないのは教育の環境だ。学生にしたら学費を上げないで教育環境も整えてくれ、という意見は当然あると思う。今の状況で授業料を上げずに教育環境を落とさないで維持する、というのが課題だ」
——どの「教育環境」を整えるということに対して、学費値上げの問題が出てくるのか。
「いろんな広い意味での教育環境、例えば教職員の給与や各種経費ももちろんだが、あらゆるものが値上がりしている。教育環境が厳しくなる中で授業料について考えざるを得ない」
——学費値上げは各大学で実施されているが、上がるとすれば最大2割上がるということか。
「東大と同じように、地方国立大学はこのままでいけるのだろうか、ということはどこも考えているとは思う。ただし、光熱費や人件費の上昇具合など、まだ不確定要素を見極めないといけないことが多く、熊大ではまだ具体的な試算や調査など、検討の段階ですらない」
——記者の方で簡単に計算をしてみて、学生数に2割分(約10万円)を単純にかけた場合、年額で約10~12億円くらいの増収になる。しかし、これは熊大の現在の収入では2%くらいにしかならない。それが一体、どのくらい学習環境の維持に寄与するのか。
「そう単純な話でもない。熊大では授業料免除を受けている学生が10%、奨学金を受ける学生が40%なので、約半数の学生は何かしら経済的理由で困っている、という状況だ。そうした状況で、いきなり20%の値上げが可能なのか。また、指摘の通り、10億円増えたから全部状況が良くなるか、ということもわからない。そもそも10億円満額入ってくるかもわからない。学費免除の学生もいるし、学費を上げるとしても新入生からだから、そのように計算した通りに増収できる問題でもない」
——では、6月5日の発言は、1年後に学費を上げるかもしれない、というネガティブな発言というよりは、不確定要素が多いから少なくとも様子見の段階だ、という意味なのか。
「学費を1年後に上げる、ということは一言も言っていない。1年後に検討する、というような報じ方をされたが、そうではなく、見極めるのに最低1年はかかるし、それ以降に値上げするかも不確定ということだ。まだ試算などの段階ですらない」
(仮に)学費値上げの場合、学生の理解は
——今回はまだ学費値上げの検討の段階ですらない、ということだが、仮に今後値上げが行われる状況になったとして、学生の理解をどう求めていくのか。
「まだ(上記の通り学費値上げの具体的な予定がないため)考えていないが、やはり話し合いになると思う。しかし、もし値上げをするとなれば、その時には相当差し迫った、どうにも困ってしまった状況だ。学生が反対したからじゃあやめます、とはいかないと思う。その時には他に手段がなく、これしか方法がないと学生に理解を求めるという形になる。ただし、一方的な説明会というよりは学生側からも意見を述べる機会はあり得る」
——熊大の場合、東大の教養部自治会のような、全学的に学生を代表する自治会組織がない。説明会など周知するような状況になった時はどういう手法が取られ得るのか。毎年12月に学長との懇談会が行われているそうだが、広く学生に周知されているとは言い難い。またそうした懇談会における「学生代表」とはどのようにして選出されているのか。
「先ほど言った通り、(具体的には)まったく考えていないので、何も決まっていない。懇談会に関しては学部や学年ごとに学生の側で選ばれているという話だ。私(学長)の方では関与していない(担当者「学部ごとにそれぞれ選出方法があるようだが、部局や学生に任せているため大学は詳しく関知していない)」
予断を許さぬ状況 今後の可能性自体は否定できず
——今後、見極めをしていき、財務状況の悪化がやむを得ない状況になると値上げの可能性自体は否定されない、ということだと思う。しかし、東大と異なり熊大では長く経常損失が生じていないように見受けられる。財政状況が値上げしなければならないほど切迫しているとは思えないが。
「今まではその通りでバランスが保てていた。しかし、今後は予断を許さない。光熱費も人件費も上がり続けている。色々な手段を講じているから今は損失が出ていないというだけで、それが上手くいっているうちは上げる必要はない」
——財務バランスが取れているうちは値上げの可能性はないということか。
「バランスが取れているうちは、そうだ。バランスが崩れれば当然可能性としては値上げ自体はあり得る。しかし、まだまだ色々とやれることはある。そうした方法は全部手を尽くしていかないといけない」
——方法というのは、経費削減ということか。
「それもあるが、現状、かなり切り詰めている。それだけではなく、今のままの経費でどれだけ業務効率を上げるか、あるいはネーミングライツ、大学所有地の活用など、利益を上げようと一所懸命にやっている。そういう努力を全てやってからの話だ」
——今後、学費値上げの可能性自体が排除されるわけではない、と。
「排除されることはない。しかし、同時に学費値上げをしないでいいようにありとあらゆる努力をしていく、というのは大前提だ」
——再度確認だが、現時点ではまだ学費値上げの具体的な予定や検討はない、という認識でよいか。
「ない。ここははっきり言える。先ほども言ったが試算すらしていないから、1年後に上げる可能性がある、などそういうものではない。むしろ(5日に)年数は言わないほうが誤解を招かなかった気もする。見極めてはいるが、それが具体的行動につながっているかというとそうではない。不確定要素が多く動けない」
——今後2、3年くらいで値上げの可能性自体はあり得るのか。
「可能性自体はあると思う。ただし、何度も言うが見極めの段階であって具体的に値上げに動いているわけではない。それが1年後、3年後という確定した話では全くない」
——東大、広大などでは値上げの動きが起こっているが、国立大学の間でなにか情報共有が行われているのか。
「全くない。むしろ他大学で試算をやっているのなら聞いてみたいくらいだ」
——小川学長が理事である国立大学協会(国大協)で、何か学費値上げに関する協定や打ち合わせが交わされたという事実は。
「当然、話題にはなっている。しかし、具体的に学費に関して国立大学の間で協定などがあるわけでは全くない」
社会に対して国立大の意義を訴える
——国大協の6月7日の声明「我が国の輝ける未来のために」で、「国立大学の危機的な財務状況を改善し、我が国の輝ける未来を創り出すために、皆様の理解と共感、そして力強い協働をお願いする次第です」との文言があるが。
「これは学生に学費値上げを求める意味合いではない。広く納税者たる一般国民の皆様、社会に対して国税の支援をお願いしているものだ」
——社会に対して。
「その通りだ。やはり私立大学と国立大学は違う。私立は需要に応じて学費を上げれば良い。しかし、国立大は役割が異なる。国立大がなんのためにあるかというと、高等教育を開かれたものにするためだ。声明にあるように、『我が国の研究力の源であって、わが国全体の、そして各地域の文化、社会経済を支える拠点であり、 産業、教育、福祉などに十分な責務を負って』いる」
地方高等教育の機会均等 地方国立大の存在意義
——国立大が教育の機会を保障していると。
「本当に勉強したい人たちに、その費用を国が運営費など減額して支え、教育の機会を与えよう、というのが国立大だ。入試制度があるから完全に平等ではないかもしれない。しかし、国立大によってある程度機会が保障され、学ぶ権利を守っている。国からの運営交付金がこのまま減らされ、学費値上げせざるを得ない状況に置かれれば、機会均等が維持できなくなるかもしれない」
——では、慶應義塾大の塾長の発言のように、私立との学費格差を減らすために国立大の学費を上げる、と言う主張に対しては。
「それはおかしい。要するに、 全国すべての都道府県に設置され、全国的な高等教育の機会均衡の確保、これが国立大の意義だ。そして各所在地で教育研究の実施や重要分野の発展、近年ではグローバル人材の育成に貢献してきた。その意義は強調しておきたい」
——完璧な平等ではないが、全国に存在して、各地域の高等教育の格差を無くそうとしているのが国立大の立ち位置と。
「だからそういう意味で、国立大学はそこら辺の問題をよく考えないといけない。(役割が違う)私立大と比較して安易に学費を値上げすればいい、というのは国立大の趣旨に反する」
——国に対してそうした補助削減に対して意見をあげているのか
「当然、大学としても国大協としても何度も主張している。特に基盤的な運営費交付金が減っていることは改善を要望している」
——最後に国立大学のあり方や学費値上げ可能性について。
「誤解のないように言っておきたいが、現時点で必ず上げるために検討に入っている、というわけでは断じてない。上げるために見極めているのではなく、その状況そのものを見極めているということだ。しかし、学費を今後絶対にあげない、という断言もできない。あらゆる経費が高騰するなか、国からの補助が減り続けているという予想外の状況にある。基盤的な運営費交付金は減っていて、熊大は競争的な資金は比較的確保している方だが、それでも厳しいことには変わりない。学生になるべく負担をかけないように努力して、行けるところまで行ってみる。具体的に上げる上げないの段階ではなく、本当に必要な状況かという見極めを冷静にやっているところだ」
(2024年6月25日)
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