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学費値上げから考える、学ぶ権利と大学自治 京大でシンポ

 全国で学費値上げや大学自治が問題となる中、シンポジウム「学費値上げ問題から考える 学ぶ権利と大学自治」(主催:京大吉田寮自治会)が京大の共南01教室室とオンライン併用で開催され、京大・東大から現役教員や学生らが登壇した。=表題は主催者作成のポスター
(デジタル版編集部:記事の最後に12月10日付の「吉田寮の裁判の取り下げと話し合いの再開を求める全国学寮による要請書」を資料として全文転載しています)


   東大では今年度ににわかに学費値上げ案を発表し、反対運動の高まりでいったん先送りしたものの、夏休みに入った後に抜打ち的に学費10万円の値上げを発表した(9/24)という経緯がある(熊本大学新聞24年11月4日付掲載)。また、京大吉田寮では2017年に京大当局が老朽化を口実に退去勧告、19年には寮生を相手に訴訟を提起した。今年2月16日には一部を除き寮生の在寮を認める判決が下った(熊本大学新聞2024年4月1日付)が、京大当局は控訴している。

報告する京大・髙山佳奈子教授(法学部)=12月19日、記者撮影(オンライン)

学費値上げ反対の中で生まれた「主体としての学生」

  「学費値上げ反対院内集会」主催者の金澤さん(東大教育学部4年)は学部の値上げは強行されるものの院生に関してはとりあえず見送りとなり、また各学部での自治会再建運動につながるなど、「学生たちが自治の担い手となる素地が醸成された」と振り返り、「主体としての学生」としての展望を語った。

 東大文学部学生連絡会の渡辺さん・佐藤さんは「東大の執行部が『大学はどうあるべきか、というのは政治的』と言いつつも、実際には裏でソロバンを弾いて英米型(高学費・高競争)の大学を目指して金勘定ばかりしている」と指摘。これに対して反対運動では大学のあり方や教育行政の問題はあえて学内にとどめ、学外にアピールする際には東大の理念を示した「東京大学憲章」に大学当局自身が違反していることを強く指摘する戦術を採った、と紹介。学費値上げの「パブリックビューイング」や読書会、学内緊急集会での決議採択などを通じて運動を広めていったという。

 佐藤さんは「各学生の出発点はそれぞれ異なり、いろんな思いを持っている。ただ、そうした中で目的を絞り一致する人を確保しつつ、そこを出発点として共通項を増やしていくことを目指している」と語り、もっとやれることはあると振り返りつつも、「学生が大学のメンバーであるということを自覚できるような取り組みをしたい」と意気込みを述べた。

 渡辺さんは「一致点を絞りすぎると何もできなくなるというのも実情。腹を割って話せる関係性を作ることが賛同者を増やすために必要」として、学生だけでなく教員にも働きかけることが心理的にも実質的にも重要であることを実体験から語り、反省点としてストライキが最終的に実施できず、(学費値上げを阻止するという)運動としては敗北したことを挙げ、また夏休み期間中に反対運動が「凍結」してしまい、その間に当局に進められてしまうこと、また問題を共有する他大学や保護者や市民への巻き込みが不足していたことを挙げた。

 東大教養学部自治会のガリグ優悟会長は「値上げの最大の問題は、やはり学生の意見を全く聞かずに強行したこと。全構成員自治を掲げつつそれを後から否定し、大学執行部がやってきたことは、名ばかりの『対話』と懇談会だけで、これを既成事実として都合よく解釈した」と批判する。そして学生自治会として特設サイトの立ち上げや情報の集約と共有、世論喚起などに取り組んだ活動を紹介し、「学生自治の教育的効果を実感し、民主主義や教育の権利、自由とは何か、学生の主体性とはなにかを考え議論できた」と振り返った。その上で、教育学部や文学部自治会準備会の設置など、今後の「自治のルネッサンス的な状況」をどう持続させるかが問われる、と述べた。

 東大教職員組合委員長の隠岐さや香教授(教育学部)は1969年の「大学の自治は(教授会だけでなく)学生・院生、職員も固有の権利を持ち、それぞれの役割において大学の自治を形成するものと考える」とする大学と七学部代表団との確認書を引用しつつ、今回の学費値上げ問題に関して学生自治会側が大学本部と交渉ができなかった背景に、国立大学法人化によるガバナンス体制の変化(最高意思決定機関である評議会の廃止、強すぎる学長トップダウン構造や学外者の導入)を挙
げた。現在の大学で徐々に学問の自治が侵されるような事態が進展しつつあることに触れつつ、「国際法における『科学(学術)への権利(Right to science)』を掲げていく必要性を呼びかけた。
 
 また学費問題に関して京大の駒込武教授(同大学院教育学研究科)は高等教育無償化の美名の下に行われた給付型奨学金「高等教育就学支援」制度(2019年)の問題点を指摘。滋賀県立大の杉浦由香里准教授の研究を紹介しつつ、「学業要件」としての出席率が年々高められている上、母数も各大学の評定基準も異なるGPAを基準とする(下位25%に該当すれば支援打ち切り)ことは非科学的であると述べた。また「所属する母集団によって大きく左右される上(全体の点数が高
ければ平均より上の点数でも下位25%に該当しうる)、GPAは履修科目が多いほど下がるリスクが高くなり、学習の自由を制約する」と指摘した。

吉田寮の問題は全国の大学で共通の問題

 京大当局と係争中の吉田寮自治会の担当者は「吉田寮で今起きている問題というのは、事実として全国の学寮に共通してある問題であるし、それに対して危機感を持ってメッセージを出していく必要がある。老朽化や耐震化を口実としてもそれが本当の本質ではなかった、ということが吉田寮や金沢大泉学寮(23年に老朽化を口実に廃寮)などでも明らかになっている」と危機感を表明し、連帯を呼びかけた。

 また吉田寮OBOGらも登壇し、吉田寮の維持と活用を呼びかけた。京大の伊勢田哲治教授(同文学部)は京大が吉田寮に対する裁判を継続していることに対し、安全性の確保は可能であるにも関わらず解体に拘泥する背景に「寮の老朽化や安全の問題だけではなく、寮自治会を一旦解体し、『自治』を有名無実なものにするところにあるのではないか」との見解を示した。その上で、「不信を基礎とする教育は教育というものの一つの重要な側面を捉えそこねており、そして、大学がそういう態度をとることは、学生から貴重な学びの機会を奪うことにもつながる」と指摘し、対話と自学自習という京都大学が掲げてきた教育理念の重要性を広く伝えるべく微力を尽くす、とまとめた。

 京大教員から構成される「対話による吉田寮問題解決を求める教員有志の会」の高山佳奈子教授(同法学部)は、第一審判決で吉田寮自治会が交渉の主体としての資格を有する団体であり、また建物は修繕すれば安全に利用できると認定されていることを指摘。「裁判を長引かせても問題のほとんどは解決しない」と京大当局の対応を批判する声明を読みあげ、当日付で総長宛に提出した。

 また吉田寮自治会をはじめ、東北大日就寮、一橋大学中和寮自治会、信州大学思誠寮、高知大学南溟寮のほか、熊本大YMCA花陵会有志一同などは12月10日に「吉田寮の裁判の取り下げと話し合いの再開を求める全国学寮による要請書」を湊総長宛に発表。「吉田寮は、金銭的支援を受けられないなどの、さまざまな悪条件を課せられた学生たちにとって、学ぶ権利を保障する受け皿として長年機能し、学生たちが対話を通じて学びを得る場としても貴重な役割を果たしてき
た」とした上で、学生自治寮の廃寮化や管理強化が同時多発的に起こっており、東北大学有朋寮、金沢大学泉学寮などが相次いで廃寮化されてきたことを指摘。「吉田寮が万一廃寮化することとなれば、学内外に大きな影響が及び、全国の学生寮への管理強化・福利厚生縮減に繋がることは必定。様々な大学・寮において福利厚生の縮小や、現場の当事者の意思・意向を無視したトップダウンの決定を加速させないためにも、自治寮、学生寮に対する弾圧を見過ごすことはできな
い」と、学生寮の必要性や現在のトップダウン大学運営を批判した。
(O)

【資料】吉田寮の裁判の取り下げと話し合いの再開を求める全国学寮による要請書(2024年12月10日)


京都大学総長 湊 長博 殿
京都大学学生担当理事 國府 寛司 殿
吉田寮の裁判の取り下げと話し合いの再開を求める全国学寮による要請書
2024年12月10日
吉田寮自治会
連名学寮:吉田寮自治会、熊野寮自治会、東北大学日就寮、一橋大学中和寮自治会、信州大学思誠寮、高知大学南溟寮、花陵会有志一同
賛同:渓水寮生有志一同
【要望】
京都大学執行部は、吉田寮現棟・食堂明渡請求訴訟を撤回し、対話での解決を図ること。
【趣旨文】 
吉田寮は、1913年に開舎し、多くの学生に福利厚生と学びの機会を提供してきた学生寮です。また、寮生全員が構成する吉田寮自治会が入寮選考をはじめとする寮運営を行う自治寮でもあります。 従来、寮のあり方は吉田寮自治会と大学執行部とが話し合って決定されてきました。ところが現在京都大学執行部は、吉田寮に住む寮生・元寮生45名を被告として、「吉田寮現棟[1]・食堂[2]明渡訴訟」を起こしています。
 本訴訟には数多くの問題があります。「老朽化」を名目とした裁判にもかかわらず、原告の大学執行部が明け渡しを求める「食堂」は、2015年に全面的耐震補強工事を終えたばかりです。また、同じく2015年に竣工した、安全性に問題ないはずの「新棟」は、本訴訟の対象ではないものの、大学執行部による立ち退き命令の範疇に含まれています。これらに鑑みると、本裁判において、「老朽化」は建前に過ぎず、大学執行部の本音は、低廉な寄宿料の学生寮、そして自治空間の閉鎖だといえます。
 そもそも吉田寮自治会は、「現棟」の補修を求めて、数十年にわたって大学執行部と話し合いを続けてきました。その結果、2015年には、大学執行部は現棟の耐震補修に向けて話し合うことに合意し、書面で約束しました。しかし、こうした取り決めは、副学長が替わるや反故にされました。2015年に就任した川添信介元副学長は交渉を打ち切り、学生からの対話再開要求を拒みました。そして、大学執行部は、潤沢な資金と社会的権威を背景に、2019年4月に吉田寮生に対して吉田寮現棟・食堂明渡訴訟を起こしました。寮生は、公正とはほど遠い[3]裁判に時間と体力を奪われることとなり、学生の学業と生活は大いに阻害されました。
 2024年2月16日の第一審判決では、吉田寮自治会の主張の大部分が認められる結果となりましたが、大学当局は依然として対話の拒否を続けており、2月29日に吉田寮に対して控訴しました。京都大学が「対話を根幹とする自由の学風」を標榜する以上、大学当局は判決の結果を重く見て、寮生の暮らしを破壊する訴訟を直ちに取り下げるべきです。
 吉田寮は、金銭的支援を受けられないなどの、さまざまな悪条件を課せられた学生たちにとって、学ぶ権利を保障する受け皿として長年機能してきました。のみならず、学生たちが対話を通じて学びを得る場としても貴重な役割を果たしてきており、そのことは第一審判決でも認められました。そして、こうした福利厚生施設を必要とする現在および未来の学生のためにも、吉田寮は残される必要があります。
 また京大執行部の上記のような政策は、吉田寮だけの問題ではありません。実際、日本では、学生自治寮の廃寮化や管理強化が同時多発的に起こっており、東北大学有朋寮、金沢大学泉学寮などが相次いで廃寮化されてきました。その中で、吉田寮の存廃は多くの人々の注目を惹いています。吉田寮が万一廃寮化することとなれば、学内外に大きな影響が及び、全国の学生寮への管理強化・福利厚生縮減に繋がることは必定です。様々な大学・寮において福利厚生の縮小や、現場の当事者の意思・意向を無視したトップダウンの決定を加速させないためにも、自治寮、学生寮に対する弾圧を見過ごすことはできません。
  以上の理由から、京都大学執行部に対し、吉田寮への訴訟を取り下げ、対話を再開することを求めます。
[1] 現棟・・・1913年完工。吉田寮は、「現棟」「食堂」「新棟」の三つから成る。
[2] 食堂・・・1889年建造、1913年より現在の地に移築。2015年に耐震補強工事が完了した広大な多目的ホール。
[3] 一般に、司法機関に紛争の解決を任せることは当然の権利とされています。しかし、当事者となる二者の間に多大な権力差が存在する場合、権力を有する立場にある者が司法に問題解決を委託することは時に暴力的な、不当な行いになり得ます。権力を有する者は裁判に潤沢なリソースを投入でき、法廷外においても弱い立場に置かれた者たちに有形無形の圧力をかけることができるため、結果として裁判そのものがある種格差の再生産装置として機能してしまうのです。その上、この場合は私たち学生側から話し合いの再開を求めています。学生との対話を拒み、裁判で決着を図ろうとする京都大学執行部の姿勢は、誠実とは言い難い振る舞いです。
https://yoshidaryo.org/archives/seimei/3607/ 全国学寮声明(吉田寮HP)

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