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ポゴレリッチ@所沢 モーツァルトとショパン、シベリウス | 「ロシア奏法」とは何か(番外編)
先週の日曜日、イーヴォ・ポゴレリッチを初めて聴いた。
所沢のミューズのコンサートホールでだ。
演目は以下だ。
モーツァルト: アダージョロ短調K.540
モーツァルト: 幻想曲ハ短調K.475
モーツァルト: 幻想曲ニ短調K.397(385g)
モーツァルト: ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331(300i)《トルコ行進曲付き》
(休憩)
ショパン: ノクターン第16番変ホ長調Op.55-2
ショパン: 3つのマズルカOp.59
ショパン: ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調Op.35《葬送》
(アンコールはシベリウス: 悲しきワルツ)
ポゴレリッチは今のクロアチア出身ということで、スラヴ語文化圏の出身である。であるから、広い意味での「ロシア奏法」には当てはまるし、モスクワ音楽院でも学んでいるから、狭い意味での「ロシア奏法」の継承者でもある。
ツイートしたように、倍音が非常に多く煌びやかな音色に恵まれたピアニストであり、それに加えて低音を中心とした低姿勢なハーモニーが目立つ、独特な演奏スタイルだった。
倍音で言えば例えばプレトニョフもとても豊穣なのだが、プレトニョフの繊細さとは対比的で、低音の安定的な主張が認められた。
前半のモーツァルトではアクセントペダルを効率よく用いていたのだが、例えばスケールの箇所でも薄く、かなり長めにダンパーペダルを押し込み、効果的に残響を響かせていた。
いやらしくなる手前の絶妙なところでペダルを抑えているのだから、本当にコントロールが上手なのだろう。
それでいて高音部が程よいアーティキュレーションを持って鳴らされていて、常に光っているような印象を受けるのだ。
ある程度音を出せば倍音も増えやすくなる傾向があるのだが、ポゴレリッチの場合は微弱音に帯びる少しの倍音を、精密なペダル捌きによって増幅させることに成功している。
後半のショパンはノクターンとマズルカから始まるのだが、モーツァルトでも少し強調されていた低音が、ロマン派ということもあり響きの「重み」ということでより鳴らされていた。しかしそれはチェロが朗々と響いているようなもので、いやらしさや無骨さがないというのだから驚きだ。
そしてトリの「葬送」ソナタ。
大作ということもあり、スタインウェイD-274の響きを思う存分生かした演奏だった。強奏でも暖かみのあるバスを底面として響きを積み上げる倍音のピラミッドが常にバランスを保っており、響きが「割れる」あるいは力んで「すぼむ」ことがない。
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独特なロマンティズムによる世界観を構築することができ、かつ倍音の黄金律を体得している巨匠なのだから、今後の活躍がますます楽しみだ。