ヨーロッパ6か国で進む“都市圏フードシステム”の挑戦――農業と都市の新しいカタチを探る研究
都市と農村をまたぐ食料生産・流通の仕組み、いわゆる「都市圏フードシステム(City Region Food System:CRFS)」に注目が集まっています。ローカルな農業を活性化し、地域経済の循環や持続可能な暮らしを実現するためのアプローチとして、ヨーロッパ各地でさまざまな取り組みが進められているのです。
今回紹介するのは、学術誌『Cities』に掲載された論文「Cultivating change: Exploring policies, challenges, and solutions to support city region food systems development in six European countries」(Volume 155, December 2024, Article 105498)。著者は、A.K. SteinesさんやM. D’Ostuniさんなど複数の研究者による国際チームです。
私はこれまで「都市と農業って本当に共存できるの?」と疑問に思うことが多かったのですが、本研究を読むと、ヨーロッパ6か国でどのような政策や課題、そして解決策が見出されているのかが分かりやすく整理されていて、とても興味深い内容でした。都市計画と食料のあり方がどのようにつながるのか、そのポイントをざっくり紹介してみます。
【研究の背景――なぜ都市圏フードシステムが注目されるのか】
“CRFS”という考え方の登場
従来、食料供給は「遠隔地から都市に運ぶ」のが当たり前でしたが、最近は地産地消や地域経済の強化の観点から「都市周辺の農業をもっと活かそう」という動きが高まっています。そこから生まれたのがCity Region Food System(CRFS)という枠組みです。生産から加工、流通、消費に至るまで、一連のフードチェーンを都市部・近郊の地域で完結または連携させよう、という発想ですね。特に気候変動対策や食品ロス削減、食料安全保障といったグローバル課題も絡み、近年は「持続可能な食の仕組みづくり」に関心が集まっていました。さらに2015年のミラノ都市食料政策協定(MUFFP)などが後押しし、各都市が地域主体でフードシステムを変革する動きが加速しているわけです。
研究が取り上げたヨーロッパ6か国
本論文の舞台は、イタリア、スペイン、ドイツ、ノルウェー、オランダ、フランスの6か国。ヨーロッパと一口に言っても、国ごとに法制度や行政構造、文化が異なります。著者らはこのバラエティ豊かな実態をふまえた上で、「CRFSを推進するうえで有効な政策は何か、逆に障壁となる規則や制度は何か」という観点で分析を行っています。
【研究方法――政策文書とステークホルダーの声を徹底調査】
デスクリサーチとインタビュー、ワークショップ
まずは各国やEUレベルで制定されている政策文書を収集し、「これはCRFSにプラスかマイナスか、それともまだ空白領域か」という観点で分類しました。研究チームはオンライン調査や専門家への依頼を通じ、合計197件もの政策をリストアップしたそうです。
次に、行政担当者や市民団体、研究者など15名にインタビューを行い、具体的な課題や生の声を集めました。さらに、ワークショップを開き、参加者同士がディスカッションしながら「各政策がどれほどCRFSに影響するか」を点数化。この一連のプロセスにより、「ポジティブな政策」「ネガティブな政策」「不足している政策(ギャップ)」が浮き彫りになったのです。
【主な結果――CRFSをめぐる政策のポジ・ネガ・ギャップ】
ネガティブな政策として最も影響が大きかったもの
ワークショップで「マイナス面が大きい」とされたのは、都市部での農業生産を制限する都市計画法や、小規模生産者に厳しすぎる衛生規制、また農産物を直売しにくいマーケティング・貿易関連の法律などでした。たとえばドイツでは、「市街地は商業や住宅用地」という固定観念が強く、農地利用や食品加工の許認可が取りにくい側面があるそうです。フランスでも「農業は田舎でやるもの」という前提のもと、都市での商用農業をうまく位置づけられないケースが指摘されました。
さらに、EUレベルや各国の食品衛生基準はもともと大規模工場を想定しているため、小さな家族経営や市民参加型のプロジェクトには対応しづらい。こうした“大型事業優位”の制度もCRFSの普及を阻む一因となっているそうです。
まだ存在しない、でも必要な政策
教育プログラムや啓発活動を強化する必要性が、最も大きな政策ギャップとして挙げられました。子どもたちに対する食育から、農業系の職業訓練・大学教育まで、現行のカリキュラムが「大規模・工業型農業」寄りになっていて、地域密着型や小規模農業について学ぶ機会が少ないという問題があります。
また、都市部の土地利用に関して、若手や新規参入者が農地を確保できる仕組みをつくることも不可欠とされています。価格高騰や用地転換の圧力を受けやすい都市周辺で、いかに安定的に農地を保持するかが課題なのです。
ポジティブな政策事例にみるヒント
一方で、多くの自治体レベルではすでに「ローカルフード戦略」や「食料政策担当部署」を立ち上げ、CRFSの推進に向けた取り組みを進めていました。
特に、都市とその近郊の自治体が連携しながら、合同で農地の利用計画や食品インフラ整備を行う事例が増えています。ドイツの一部地域で進む「エコモデルリージョン」や、オランダの「Voedsel op de Stedelijke Agenda」(都市のアジェンダ上の食)などが挙げられ、その枠組みの中で行政・市民・農業者・企業が協働する体制が整えられているそうです。
また、政策面でいえば、EU全体での食料戦略「Farm to Fork」や地域レベルのフードポリシーが広がることで、多様な主体を巻き込むきっかけになっています。論文でも「都市や地方自治体が独自にイノベーションを起こし、成功例がどんどんシェアされている」と評価していました。
【考察――制度を越えた協調と学びが鍵】
制度のつぎはぎを乗り越える
ヨーロッパには、過去数十年にわたるバラバラの政策が積み重なっています。大規模工場向けの衛生規則や農地優先の固定観念など、一見矛盾した法律が混在するため、CRFSを推進しようとすると「どこかで壁にぶつかる」という状況も少なくないとのこと。著者らは「既存の制度を部分的に改変するだけではなく、持続可能性や地域との連携を重視した、新たな視点の総合的政策が必要だ」と強調しています。
コミュニティ主体の動きと連携する
本研究では、いわゆる“トップダウン”の政策だけでなく、フードポリシーカウンシル(市民主体の食政策会議)など“ボトムアップ”の動きも取り上げられています。行政とコミュニティが一緒になって、教育や職業訓練、土地利用の調整などを進めることで、都市圏フードシステムの可能性が大きく広がるというのです。問題は「自治体や市民団体がどこまでリソースを確保できるか」。そのためにこそ、上位レベルの政策支援が欠かせない、というのが研究者たちの見解です。
【まとめと展望――食の未来は都市と農村の“共創”から】
この論文は、ヨーロッパ6か国における政策のプラス・マイナスや空白領域をまとめるだけでなく、ステークホルダーの声を通して「何が本質的なハードルか」を明確化しています。大きく分けると、都市計画と食品衛生法のギャップ、そして教育や啓発が追いついていない現状が浮き彫りになりました。一方で、すでに自治体レベルで生まれつつある先進的な事例も紹介され、今後のモデルケースになり得る希望も感じられます。
私たちが目指すべきは、遠く離れた大規模農地だけに依存するのではなく、地域周辺で生まれた農産物を地域の人々が適切に消費し、経済や文化を回していくこと。食料自給率や環境負荷といった観点で考えても、CRFSを後押しする体制づくりは一層求められそうです。論文は「そのためには多層的な政策改革と市民の理解、そして地域全体のエコシステムを捉える視点が不可欠」とまとめていました。これを読んでみると、私たちの街でもローカル農業との結びつきをどう増やせるか、ちょっと考えてみたくなりますね。
参考情報・ライセンス表記
論文タイトル
“Cultivating change: Exploring policies, challenges, and solutions to support city region food systems development in six European countries”著者
A.K. Steines, M. D'Ostuni, A. Wissman, K. Specht, C. Iodice, R. Fox-Kämper, F. Monticone, I. Righini, V. Saint-Ges, A. Samoggia, F. Orsini掲載誌・URL
『Cities』 Volume 155, December 2024, Article 105498
https://doi.org/10.1016/j.cities.2024.105498この論文はCC BY 4.0ライセンスで公開されています。