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低炭素×移動の満足度は両立する? ポーランドの都市圏から学ぶ“モビリティ・サステナビリティ”のヒント

朝の通勤ラッシュ、週末の買い出し、子どもの送り迎え……。日常生活では移動が避けられません。だからこそ「車を使わないとやっていけない」と感じたり、逆に「何とか歩きや自転車で済ませたいけど不便……」と悩んだりする人も多いのではないでしょうか。今回ご紹介するのは、「低炭素でもちゃんと移動の満足度は高められるのか?」 を徹底的に分析したポーランドの研究です。しかも、調べたのは「実際に暮らす人たちが、どれだけ移動ニーズを満たせているか」という、ちょっと身近な視点。この記事では、

  • 移動の満足度と二酸化炭素排出量との関係は本当にあるの?

  • 街の中心に住むと、どうして移動がラクになるのか?

  • どんな人が低炭素でも快適に暮らせているの?

といった疑問を、なるべく専門用語を使わずに解説していきます。「車を手放すなんてムリだ」と思っている方も、「電車やバスをもっと活用したいけど大丈夫かな」と不安な方も、一緒にこの最新の研究をのぞいてみませんか?



「移動はストレスばかり?研究に着目したワケ」

最近は環境問題への関心が高まり、自動車の利用を減らしたりEV(電気自動車)へ切り替えたりしようという動きが世界中で加速しています。とはいえ、いくら環境に良いとはいっても、私たちの生活を成り立たせる“移動”がないと仕事にも行けないし、買い物や通院、子どもの送り迎えなど、日々の用事をこなせません。

実は私自身も、以前は「車って便利だし、ないと厳しいよね」と思っていました。ところが、街中で暮らす友人が「全然車使ってないよ。スーパーも職場も近いから歩けるし、バス通ってるし」と言うのを聞いたとき、「本当にそれで満足できるの?」と正直思ったんですね。車移動に慣れた私には、「不便じゃないのかな……」 と不思議でした。

そんなときに目にしたのが、今回ご紹介する論文です。

Michał Czepkiewicz、Filip Schmidt、Dawid Krysiński、Cezary Brudka(2024年):"Satisfying transport needs with low carbon emissions: Exploring individual, social, and built environmental factors"(Computers, Environment and Urban Systems, Vol.114, Article 102196)

ポーランドの大都市圏(人口およそ80万人のポズナン周辺)に住む550人にアンケート調査を行い、「彼らの移動における満足度」と「移動によるCO2排出量」のデータを徹底的に分析したものです。著者たちは、「低炭素でも移動の満足度を落とさずに暮らしている人たちが、実はけっこういるのでは?」 と疑問を持ち、研究を始めたそうです。


「何をどう調べたの?専門用語抜きでざっくり解説」

●研究の目的

著者たちの狙いは、「移動によるCO2排出量を抑えつつ、その人が本当に必要としている移動ニーズを満たせるのはどんな条件なのか?」 を探ることでした。移動ニーズとは、たとえば「仕事や学校に行く」「医者にかかる」「買い物をする」「友人や家族に会う」など、生活を送るうえで外出しなければならない用件のことです。

●研究方法

  1. アンケート
    550人に対して、過去3か月間の移動パターンをインタラクティブな地図を使って回答してもらいました。訪れた場所の「頻度」や「主な移動手段」「どのくらい満足に移動ができているか」を尋ねたそうです。

  2. CO2排出量の計算
    たとえば「車で何キロ移動したか」×「ガソリンや電気の種類・燃費」などを組み合わせて、1人あたりの年間排出量を推計。車だけじゃなく、電車やバス、トラムなどの公共交通機関を使う場合も考慮しました。

  3. 移動ニーズの満足度
    「仕事や通学」「病院へ行く」「買い物する」「レジャー・余暇」「友人や家族に会う」など6項目を挙げ、「十分満たせているか」 を5段階で答えてもらいました。ここで興味深いのは、「そもそもニーズ自体がない場合は『満足』と同じ評価にする」 という独特のルール。たとえば仕事に出ていない高齢者の場合、「仕事に行くニーズはないから不満ゼロ」として扱うんですね。

  4. 閾値(しきいち)とグループ分け
    研究では、2030年に目指すべきとされる1人あたりの排出量(長距離移動や貨物分を考慮して都合0.34トンCO2/年)を「低炭素かどうか」のボーダーに設定。また「移動ニーズが4/5以上で満たされているか」を「満足度が高いかどうか」の境目にしました。この2つの指標を組み合わせて、

    • 低炭素で満足度も高い(Sufficiency)

    • 低炭素だが満足度は低い(Insufficiency)

    • 炭素排出が高いが満足度も高い(Excess)

    • 炭素排出が高く満足度も低い(High stress)
      の4つのグループに分けたそうです。


「結論は意外?低排出でもけっこう満足している人が多い」

著者らがこの4グループを調べたところ、意外にも全体の3割ほどが「低炭素かつ移動ニーズの満足度が高い(Sufficiency)」 状態だったそうです。つまり、「そんなに車を使わなくても、日々必要な用事を無理なくこなせている人たちが一定数いる」 ということですね。

さらに驚くのが、CO2排出量と満足度を散布図で見ると、「排出量が低い段階から中くらいまで急に満足度が伸びて、その後は伸び悩む」 という“飽和”のようなカーブを描いたとのこと。つまり、CO2を増やしても一定ラインを超えると、それ以上の満足度アップは頭打ちになるのでは?という仮説が浮かび上がっています。

●街の中心部に住むとメリット大?

この研究でもはっきりと出たのが、街の中心部に近い(もしくはサービスや公共交通が充実した地域に住む)と、満足度は上がりやすく排出量は下がりやすい という傾向です。これは私も、中心地に住む友人の家に遊びに行ったときにしみじみ感じました。スーパーや病院、学校が歩いて行ける距離に集中していると、わざわざ車を出す必要が減るんですよね。さらに路面電車やバスなどが頻繁に走っていると「車なしでOKだな」と思いやすくなる。

一方、同じ低炭素移動圏内にいながら「Insufficiency(満足度が低い)」状態の人たちは、「必要な買い物や通院などの頻度は低めだけど、バスや電車の乗り方に不慣れで不便を感じている」 などの要因が浮かび上がったそうです。中心地に住んでいても、高齢で足腰が不自由だったり、車の免許がなく公共交通機関の利用に苦手意識があると満足度が伸びにくいというわけですね。


「それでも車が手放せない……解決策はあるの?」

もちろん「High stress(高排出だが満足度も低い)」な人々もいました。家は郊外、仕事で移動しなきゃいけない場所が多い、おまけに家族の送り迎えも必要……となると、どうしても車なしでは厳しい。ガソリン代などの出費も大変なのに、満足感がそこまで高くないという、ある意味“最悪の組み合わせ”です。

ただし、その全員が「じゃあ引っ越せば?」で済むわけではないですよね。研究の著者たちも「住宅政策や都市計画が大事だ」と強調 しています。もし街の中心部へのアクセスがさらに良くなり、あるいは郊外や近隣都市でも歩いて行ける距離に医療や教育、買い物施設が増えれば、車に頼らずとも用事を済ませられるはず。その際、家賃の高騰で困る人が出ないようにする対策も必要です。

また企業側の働き方や店舗の立地、ネットショッピングの活用など、「生活や仕事をどう組み立てるか」 という文化的・社会的な要素も影響大。論文では、特に「複数拠点で働く人」や「仕事終わりにまとめて用事を片付けたい人」がどうしても車を使いがち、と指摘されています。これは、人事制度や商業施設の配置、育児・介護サービスなど全体を見直す必要があるかもしれません。


「この研究から見えた可能性と、私たちへのメッセージ」

「移動の満足度」と「CO2排出量」は、本来は矛盾しなくていいはず。研究データを見ると、排出量をぐっと抑えながらも不便を感じにくい暮らしを実現している人は、決して少なくありません。 これは、都市づくりや交通インフラを整えれば、もっと多くの人がその恩恵を受けられるという可能性を示しています。

もちろん、すべての人が中心街に住んだり、公共交通機関だけで暮らしたりはできないでしょう。でも、移動需要を上手に減らす(たとえばリモートワークやオンラインサービスを活用する、近場に用がまとまるように工夫する)とか、歩きやすく自転車に乗りやすい街並みを整えるとか、やれることはたくさんありそうです。

私自身も最近は「散歩がてら15分以内の距離は歩いてみる」と決めるようにしました。最初は「めんどくさいかも……」と思ったのですが、慣れるとこれが案外、ストレス解消になって快適なんですよね。スマホで地図アプリを見れば、行ったことのない道も迷わず歩ける時代。この研究は、「移動ニーズを満たす方法は一つじゃない。生活スタイルと街の作り方しだいで、もっと柔軟に行けるよ」 と教えてくれている気がします。


掲載誌:Computers, Environment and Urban Systems 巻号:Volume 114, December 2024, 102196 論文タイトル:Satisfying transport needs with low carbon emissions: Exploring individual, social, and built environmental factors 著者:Michał Czepkiewicz, Filip Schmidt, Dawid Krysiński, Cezary Brudka

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