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アイルランドで増え続ける「家族ホームレス」――緊急宿泊施設の利用パターンを探る新研究
アイルランドをはじめ、ヨーロッパ各国では近年、ホームレス人口が増加の一途をたどっています。特に「子ども連れの家族世帯」がホームレスとなるケースが注目されており、その背景には家賃の高騰や社会福祉制度の不備など、さまざまな構造的問題があると言われています。
今回紹介するのは、アイルランド・ダブリンを事例に、ホームレス家族の緊急宿泊施設(Emergency Accommodation)利用実態を分析した論文です。著者はRichard Waldronさん、Declan Redmondさん、Bernie O'Donoghue-Hynesさんで、学術誌『Cities』(Elsevier)に掲載されています。
私自身、「単身者のホームレスとは状況が違うはずなのに、家族ならではの課題がどのように現れるのだろう」と疑問を持っていたので、本研究の結果はとても興味深く感じました。ここでは、研究の背景・分析手法・主な結論を整理しつつ、私の感想も少し交えて紹介していきます。
【なぜ家族ホームレスが問題視されるのか】
アイルランドの住宅危機と家賃高騰
アイルランドは2008年の世界的な経済危機をきっかけに不動産バブルが崩壊し、住宅の新規供給が激減しました。しかし人口増加などの要因で住宅需要は落ちず、家賃が急激に上昇。その結果、「家族世帯が家賃を支払いきれず、退去せざるを得なくなる」ケースが増えたそうです。本研究でも、こうした構造的な住宅のミスマッチが家族のホームレス化を押し上げていると指摘されています。
実際、2014年から2023年にかけてアイルランドの緊急宿泊施設を利用する人々は大幅に増加。そのうち家族世帯の増加率は単身者よりも高く、ダブリン市内のホームレスの大半が家族同伴――つまり親と子どもを含む世帯――だという事実が明らかになってきました。
女性世帯主・単親世帯のハイリスク
従来のホームレス研究は単身男性に焦点を当てることが多かったのですが、家族ホームレスの場合は大きく事情が異なります。論文によると、女性の単親世帯(シングルマザー)がとくに高リスクとのこと。経済的にも社会的にも弱い立場に置かれやすく、家賃値上げや離婚などのトラブルが重なると、子どもを抱えたまま住まいを失う可能性が高まるようです。家庭内暴力から逃れざるを得ないケースも見逃せません。
【どのようにデータを分析したのか】
大規模データベース「PASS」の活用
アイルランドの地方自治体は、公的資金で運営される緊急宿泊施設を利用した人々の記録を「PASS」という中央データベースで管理しています。今回の研究では、2012年から2016年にかけてダブリン市でホームレス施設を利用した家族世帯2356件を対象に、どの施設を何泊利用し、どれくらいの頻度で出入りしたかなどの詳細をまとめました。
個人情報は匿名化されていますが、入退所の日付や施設の種類(ホテルやボランティア団体の運営する施設など)、家族構成などが把握できるため、「ホームレス状態がどのくらい長引いているのか?」「何度も施設を出入りしているのか?」「世帯主の性別や国籍との関連は?」といった分析が可能になります。
クラスター分析で浮かび上がる三つのグループ
著者たちは、アメリカの研究者Kuhn & Culhaneの方法にならい、滞在日数と利用エピソード数をもとにクラスター分析を行いました。すると、ホームレス家族は主に「短期的に一度だけ利用するトランジショナル型」「多頻度で出入りを繰り返すエピソディック型」「長期的な一括滞在となる慢性的(クロニック)型」の三つに分類されることがわかったのです。
詳しく見ると「トランジショナル型」が約73%と最も多く、これは数十日程度の滞在を経て退出するパターン。一方、「慢性的型」は全体の25%にとどまるものの、合計の宿泊日数の60%を占めているという衝撃的な結果でした。つまり、比較的少数の家族が長期にわたって施設を占有しているわけです。
【主な研究結果――深刻化する長期滞在】
慢性的(クロニック)型の増加とその背景
今回特に注目すべきなのは、家族ホームレスが長期滞在しやすいという点です。例えばダブリン市の場合、単身ホームレスの「慢性的型」比率よりも家族ホームレスのほうが高いそうです。著者によると、アイルランドの社会保障制度や住宅供給政策の不備が影響しており、家賃補助制度(HAP)なども家族には十分機能していない可能性があると指摘しています。
また、家族の場合は「少し空き部屋が見つかったから引っ越し」などといった機動力が低いのも要因かもしれません。子どもがいると住み替えに慎重になりがちで、結果的に施設から抜けられず長期化してしまうのではないか、という考察も示されています。
エピソディック型には男性世帯主が多い?
興味深いのは、出入りを頻繁に繰り返す「エピソディック型」が全体の2%と少なく、それらの家庭は女性世帯より男性世帯の割合が高いという点です。「そもそも家族ホームレスは女性の単親世帯が多い」という大前提がある中で、エピソディック型では男性が目立つわけです。
具体的な背景までは断定していませんが、著者は「頻回に施設を出入りする家族は、何らかの複雑なサポートニーズ(健康問題や依存症など)を抱えている可能性がある」と推測しています。そうした事情が女性世帯より男性世帯で頻度が高いのかもしれません。
【新たな視点――空間的偏りと地域格差も】
宿泊施設の多くが低所得地域に集中
さらに地図データを使った分析によって、ダブリン市の緊急宿泊施設が特定のエリアに集中していることが浮き彫りになりました。市内の北東部といった、もともと社会的に困難を抱える地域にホテルやホステルなどが集中しており、そこで多数の家族ホームレスが滞在している現状があるというのです。
こうした地域はすでに治安や失業率などの課題を抱えており、ホームレス支援サービスも限定的です。本来ならば家族ホームレスを分散して受け入れる仕組みが必要ですが、現状では「低コストでまとまった宿泊場所を見つけやすい」などの理由で偏りが固定化しているようです。
【まとめと展望――構造的課題への取り組みが急務】
今回の研究は「一時的に宿泊する家族が多い一方で、比較的少数の家族が非常に長期にわたって施設を占拠している」実態を示し、「家族ホームレスは単身者とは異なる支援策が必要だ」と強調しています。とりわけ、長期滞在を余儀なくされる家族がいち早く恒久的な住まいを見つけられるよう、家賃補助や公営住宅の拡充など、抜本的な制度改革が欠かせません。
私自身も、「家族ホームレス=一時的にすぐ解決されるもの」というイメージはもう過去の話なのだと痛感しました。むしろ「家族だからこそ生活が動かしづらく、抜け出しにくい」側面を考慮した支援が必要なのでしょう。研究者たちは最後に「限られた予算をホテル代に投じ続けるのではなく、恒久的な住宅供給とサポート体制にこそ資金を振り向けるべきだ」と提言しています。
【参考情報・ライセンス表記】
論文タイトル
“Understanding the emergency accommodation use patterns of homeless families”著者
Richard Waldron, Declan Redmond, Bernie O’Donoghue-Hynes掲載誌・URL
『Cities』 Volume 155, December 2024, Article 105465
https://doi.org/10.1016/j.cities.2024.105465この論文はCC BY 4.0ライセンスで公開されています。