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御神体としてのSigma BFという存在
Sigmaがフルサイズミラーレスカメラの新製品「Sigma BF」を発表した。
カメラ系の新商品は、大体の場合海外の噂サイトで事前に情報が流れることが多いのだけれど、非常に珍しく今回は(自分の観測範囲では)ほぼ情報が無かったと思う。その切り口から考えても、肝いりのプロダクトであることが伺える。
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デザインは、すでにSNSなどで多くの人が言及しているように非常に卓越したプロダクトデザイン/ものづくりをしていると思う。1台7時間もかかるというアルミ削り出しのユニボディをベースに実現している非常にシンプルでソリッドなボディは、写真を見ているだけでもため息が出るレベルのものづくりだと感じさせてくれる。
スペック面は今日のフルサイズミラーレスのマーケットで見ると控えめだと感じさせるものだが、かなりのロングランな現行機SIGMA fpで言われてきた課題感を的確に解いている「順当」なものだと思う。変に奇をてらうことなく、「いま求められるスタンダードなライン前後」を抑えつつ、ストレージの内蔵や裏蓋を兼ねたバッテリーなど利便性を高めている。
………と書きつつ、正直御託はどうでもよくて。
このあたりの話なんて大体ニュースサイトやらSNSやらで散々擦られてるので。それよりも「いやーこれはどうしても語りたい…!」と思ったのは、この「Sigma BF」というプロダクトの意味づけや解釈の懐。それを早口オタクとしては語りたい。
無論、自分なりの解釈なので、「そういう捉え方もある」的な話でしかないですが、僕の中でBFは「すごいプロダクト」ではなく「歴史の転換点」だと思っているのでそんな話を書かせてほしい。
端的にいうと、Sigma BFはfpの後継や単なる新製品ではなく「Sigmaの御神体」だと自分には見えた。
Sigmaの「テクノロジー×デザイン」
なぜ御神体かを説明するために、少し遠回りだが同社の変遷を振り返る。
Sigmaの歴史を掘ると、多くの日本メーカーよろしくテクノロジー(技術)を軸に発展してきたことがわかる。安価で高性能なサードパーティレンズメーカーとして立ち上がった後、Foveon搭載機を展開する唯一の企業としてカメラメーカーとしても独自の立ち位置を作ってきた。
そこに変化が生じたのは2012年、「Sigma Global Vision」からだと思う。以降、それまでの「テクノロジー」に「デザイン」を掛け合わせる企業となっていったのだ。
Sigma Global Vision発表時のConcept Movie
同社はこの機に、プロダクトデザイン、ブランドデザイン、ラインナップをいずれも一新していった。
デザインという意味では光学機器らしい意匠から、”プロダクト”として高い質感を持ったものへとアップデート。グラフィックやパッケージ、商品写真、ブランドコミュニケーションの至る所まで全てが非常に洗練されたものへと刷新された。
プロダクトデザインに岩崎一郎、グラフィックデザインに佐藤卓という日本を代表する重鎮が担ってきたあたりにもその本気度が伺えるだろう。(※無論、その重鎮を活かせる胆力を持ったインハウス組織をしっかりと組成してきたことも、現在の強みにつながっていると思う)
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また、煩雑なプロダクトラインを再設計し、現在に続くArt / Sport / Contemporayに整理。その皮切りとして35mm F1.4 DG HSMのArtレンズも発表した。このレンズは同社の誇るFoveonという特殊なセンサーが求める高い光学性能を、日本の技術を持って実現するというロマンのあるプロダクトで、35/1.4のレンズとしては重量級ながらも、技術力が高く評価された。
この「デザイン」としても「テクノロジー」としても革新性を証明した2012年以後、Sigmaは世のカメラメーカーとは一線を画す洗練されたブランドへの階段を上っていったのだ。
「体験」という切り口での深化
「テクノロジー」にはじまり「デザイン」との両輪で躍進した同社の次なる転換点は、「体験」への意識の明確化だと思う。皮切りとなったのは、2019年にリリースされたSIGMA fpだ。
「脱構築」をキーワードに据えたこのカメラは、意匠的なこだわりは感じられつつも、デザインはとてもシンプルであり、テクノロジーとしての目新しさはない。
むしろ従来のカメラにはあって当然の機能や仕様も意欲的に割り切って(切り捨てて)おり、一部は外側から補完するエコシステム的仕様を前提にしている。
これまでのカメラとは異なり、使い手側に委ねられている部分が大きく、「カメラとユーザーとの関係性」を問い直すようなプロダクトだった。
その結果、さまざまな使われ方が生まれ、ユーザー側が独自の利用方法やカスタマイズ、周辺機器開発なども展開するようになり、「メーカーとユーザーの関係性」までも新たなフェーズへと展開させた。
実際私の友人・知人にもfpのアクセサリなどを自分で開発し販売したり配布したりしている人がいる。そういった方は広い意味でSigmaのエコシステムを盛り上げる大事な役割を自発的かつ自然と担っているのだが、そんなシステムを半分意図的に、半分偶発的に生んだのがfpの功績であり、「体験を軸にしたプロダクト」らしい成果だと言える。
この「体験」という軸は同社のテクノロジー×デザインをより深化させた一手といえる。そして、次なる深化の切り口が「ブランド」であり、BFなのである。
ブランドのローコンテクスト化
そもそも、ブランドとデザインは不可分だ。2012年以降、デザインへの注力によってSigmaはカメラ機器メーカーとしてはかなり高い水準でブランドとして認知されるような企業になった。
いちユーザー目線で見ても、”Sigmaならほしい”、”Sigmaの箱だからとっておくか”という気持ちになるくらいには他社とは一線を画していると感じる。
ただ同社はそれをさらに深める必要があると感じたのだろう。ゆえに、結果として今回のVI刷新、そしてBFのリリースに行き着いた。
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まずはVI。Stockholm Design Labが担当している。詳細ページはまだ公開されていないがWebのトップがSigmaの事例になっていた。
同時にパッケージ(箱)も刷新。写真素材がないが上記Stockholm Design Labの動画内に映っているものをいくつか。
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また、すでにURLをいくつか貼っているがWebサイトもリニューアルされており、従来とはだいぶキャラクターの異なるテイストに仕上がっている。
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いずれも、従来の黒を基調に力強くサンセリフ体を用いる質実剛健なブランドイメージとは異なる路線であることが伺える。無論ブランドは積み上げるものなので別物になるつもりはないだろうが、少なくともマイナーアップデートではなく、「メジャーアップデート」であるのは間違いない。
Sigmaは今回の刷新についてあまり多くを語っていない。ただ数少ない文章からは従来の姿勢と基本的には一貫していることが読み取れる。
Sigmaは1961年の創業以来、人々が持つ表現への情熱に対する深い敬意を常に忘れず、あらゆるニーズに応える最高の撮影道具の提供を目指してきました。この原点に立ち返りつつ、Sigmaにとっての本質を改めて見つめ直すことで生まれた新しいVIには、製品とサービスを通して今まで以上に高い価値をお客様にお届けするという私たちの約束が込められています。
ワードマークの刷新に加え、創業時より使用していたシンボルマークを現在の視点で再解釈し、新たな形にしました。Sigmaの社名の由来でもある「総和」。Sigmaに関わる全ての人々の、技術、知識、経験、英知、情熱の総和によって最高の製品を提供するという、創業以来の信念をギリシャ文字の「Σ」で象徴しています。
根幹は変わらないが、その表出が明らかに違う。その理由は「ローコンテクスト化」にあるのでは無いかと個人的には思っている。
従来のブランドは徹底してシンプルだった。質実剛健と幾度か表現してきたが、これみよがしに「カッコよく仕上げたでしょ?」とは決して言わず、実ものが持つ質感や力強さで押し込んでくるようなイメージ。それに耐えうる視覚的な練度が確かにあった。
対して今回のブランドは、わかりやすく美しい。時流や社会をふまえ、長年培ってきた実物の持つ力を最大限エンハンスしている。穿った表現をするなら"ブランディングをしている"と明確に記したようなアウトプットだ。
これをネガに捉えることもできるが、自分は従来の分かる人に分かる”ハイコンテクスト”なブランドから、より多くの人に伝わり心を動かせる”ローコンテクスト”なブランドへとシフトしたと感じた。
前者の方がある意味日本的なのかも知れない。ただグローバルで戦うにはよりわかりやすくクリアにその世界観や注力点を理解してもらう必要がある。良くも悪くも「玄人にウケる」「分かり手に刺さる」プロダクトを展開してきた同社が、企業として、ブランドとして次なるフェーズにいくにはこうしたローコンテクストなブランドが必要になってくるという意図を個人的には感じた。
純度を高めた”コンセプトそのもの”がBF
そして、そのローコンテクストなブランドを表現する上で必要だったのが冒頭から語り続けているBFなのだ。「言うまでもなくかっこいい」「ものとしての良さがビシビシと伝わる」「左脳的ではなく、右脳的に良いと言える」言葉は人それぞれだが、端的に”ものとして、とにかくかっこいい”と思えるプロダクト。究極のローコンテクストなプロダクトなのである。
同社の次なるブランド伝える上で、BFは非常にわかりやすいのである。
このBFを見たとき真っ先に思い出したのが、自動車メーカー・マツダが、2010年以降展開してきた「魂動デザイン」の原点として制作した「御神体」と呼ばれるオブジェだった。
その御神体は同社のあらゆる車の原点であり、御神体から「SHINARI」や「RX-VISION」「ICONIC SP」といったコンセプトモデルに展開され、さらに実車へとつながっていくという。
BFはこの御神体に限りなく近い存在ではないかと個人的には思う。無論、別で御神体が存在する可能性もあるが、BFの突き抜け具合を見るとこれはある意味、量産を前提とした民生品というよりは限りなくコンセプトモデルに近いとさえ感じるからだ。
1台7時間もかかるというアルミ切削によるユニボディを採用し、表面は精巧で美しく、エッジも恐ろしくきれいに立っている。背面の操作系は従来のカメラのそれとは一線を画し、正直「既存カメラに慣れた人」には決して親しみのあるものではないが、インターフェースの未来図を提示する意匠とも捉えられる。
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ストレージを内蔵式にし、バッテリーもワンタッチで外装を兼ねた形状にした点も意匠としての美しさに大分寄与している。
これらを従来のキャップ形式で実装するとアルミ切削のユニボディが大分スポイルされるはず。機能では無く、意匠ドリブンで形状や機能が規定されてきた…と読み解くことさえできてしまう。
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さらには、ボディキャップさえアルミによる非常に質感の高い専用部品を用意。これは機能的に意味はないはずで完全に”世界観”と”知覚品質”をぶち上げるための手でしかない。
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また、同時発表されたレンズ「Iシリーズ」にシルバーの色展開を入れた点も同様の意図を感じた。言うまでもなく世のカメラの殆どはブラックであり、シルバーのレンズはカメラには合わせづらい。にも関わらずシルバーを出すのは正直、在庫リスクの観点でみて経済合理性はかなり低いはずだ。(ブラックに比べれば小量生産だとは思うが、それでも管理の観点ではSKUが増えることになる)
極めつけはその値段。385,000円——昨今値上がりが続くフルサイズミラーレス機の中では決して、突出して高いわけではない。ただスペック面だけをみればBFはミドルレンジ機程度のものでしかなく、機能的にこの値段を説明するのは難しい。その意味でもこの金額感に納得する人の多くの割合は、ほぼ「意匠」であり、ブランド/デザインなのだ。
カメラに対してこの観点で40万を払う人は間違いなく希有であり、マーケットリサーチをしようものならまずGoが出ないような市場感だと思う(※無論売れるか否かはそれとは別の観点だとも思いつつだが)
いずれにしても「量産品」にしては突き抜けすぎている。その意味でこれは”コンセプトを現実に落としてきたもの”ではなく”コンセプトそのもの”。ゆえに、BFはSigmaの「御神体」なのだと私は思う。
なお、裏取りはできていないのだが、このBFという名前は”Beautiful Foolishness”という言葉の略称だという。
PetaPixelの取材によると、SIGMA BFの語源は、岡倉天心『茶の本』から引用した”Beautiful Foolishness”らしい。
— 小山和之|designing (@kkzyk) February 25, 2025
Let us dream of evanescence, and linger in the beautiful foolishness of things. (しばしの間はかなさを夢見ようではないか。そして物事の美しい愚かさに身をゆだねようではないか)… pic.twitter.com/R6lEUqpaTy
岡倉天心『茶の本(Book of Tea)』から引用した言葉で、次のような文章の流れで出てきている言葉。
Let us dream of evanescence, and linger in the beautiful foolishness of things. (しばしの間はかなさを夢見ようではないか。そして物事の美しい愚かさに身をゆだねようではないか)
功利的価値を超えた美的価値や精神的意義を称賛する意図が込められているフレーズらしく、ブランドに軸足を置く上での羅針盤ともなるべきプロダクトに付ける名としては、かなり的確なようにも読み取れた。
”もの”が好きだから
実は9年近く前、あるビジネス媒体の取材でSigma代表 山木和人氏にインタビューしたことがある。(ちょうどFacebookで思い出として出てきて驚いた)sq Quattroシリーズの発表タイミングで、CP+のブース裏の個室でお話しを伺ったと思う。
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「なぜ(成果が出るか読めない)独自路線の技術、デザインやブランドに力を入れて躍進できたのか」という趣旨の取材だったのだが、山木社長自身を含めて「”もの”が好きだからですかね」という回答をもらった記憶がある(※掲載先がクローズしてしまっているので参照できないのが残念)
当時はこの話を聞いて「はぐらかされたかな」と思ったのだが、今改めて考えると、ある側面ではそれこそ真実なのではないかと思えるようになった。
これだけ突き抜けたものをつくるには、合理や論理で判断して実行するのはほぼ不可能だ。だからこそやり抜くのには気持ちや想いが重要。そうした気持ちの土台となるものは各々の経験や実感値であり、社長レベルからそれを持っていたからこそ、今日のSigma、そしてBFのようなプロダクトがあるのではないか…と改めてこのnoteを書きながら思うなどした。
無論、ここまでの話はあくまで私の妄想であり、実体がどうかは分からない。それでもこんな妄想を数日にわたってしてしまうくらいBFは突き抜けて魅力的なプロダクトだと個人的には感じている。
「買うか?」は愚問。次は予約開始日にカート前でお会いしましょう。