すっげぇ幸せ、って思ってた
天国には7つの階層あって、その最上階には神様がいる。
最上階の天国。最大級の幸せ。
セブンス・ヘブンは「すっげぇ幸せ!」って意味があるスラングらしい。
7つの階層の最上階ってどんなところなんだろう。
すっげぇ幸せ! ってどんなものなんだろう。
神様がいるところなんて気を遣って疲れてしまいそうだけど、そこからの景色は眺めてみたい気持ちはある。
経験したことあるんだろうか。すっげぇ幸せ! って感じたこと、あるんだろうか。
多分あるんだろうけど、いつだったかは思い出せない。
口に入れた瞬間に蕩けて消えてしまうプリンを食べた時か、お腹が破裂するくらいお肉を食べた時か、どうしてか眠れなかった夜に冷えた空気の中で好きな音楽を聴いていた時か、恋人と身を寄せ合って眠りについた時か。
たぶん、すっげぇ幸せ! って思ってた。
でも、最上階の天国で感じることのできる、身に余るほどの幸せって幸せなんだろうか。
端から端まで幸せでいっぱいの世界の中で、幸せを感じることってできるのか。
情けない自分とか、憎らしい感情とか、忘れたい記憶とか、そういうのがあってこそ、どこかでぽつりと降ってきた幸せに気がつくことができるんじゃないか。
幸せで満たされた空間の中で感じる幸せよりも、ところどころに落ちている幸せを拾っていく方が、幸せなんだと思う。
「失って初めて気づく」というのは、こういうことなんだと思う。幸せいっぱいの世界から弾き出された、もしくは自ら飛び出て、ようやく気がつくのだ。あ、幸せだったんだって。
7階より、1階の方が幸せなのかもしれない。
でも1階は、なんとなく苦しいことで溢れていそうだから、2階か3階くらいを希望したい。
セカンド・ヘブン。サード・ヘブン。
なんだかパッとしないけど。
たぶん、セブンス・ヘブンで寛ぐ生活の中にいたら、物にも人にも傲慢で見下したような目つきの人間になってしまいそうだ。
下にも上にもいる方が、人間は健全な人間でいられるのだと思う。だから、セカンドかサードくらいがちょうどいい。
何言ってんの? って感じの人は『プラットフォーム』っていう映画を観たら、なんとなくわかるかもしれない。
セブンス・ヘブンに居ては幸せに気がつくことができないから、2階や3階で小さな幸せを感じていた方が、よっぽど幸せなんだろうと思う。
喧嘩して、すれ違って、鍋つついて、並んで眠って。そうやって、闇の中で光を見つけるからありがたみを感じるのだろう。
絶望の中に愛を見つけるから、心があたたかくなるのだろう。
生きてたら、嫌なことたくさんあるけど、すっげぇ幸せ! って思えてる瞬間がある。
すっげぇ幸せって、あのとき思ってた。
セカンドかサードに立ててるよ。
おそらく、幸せの青い鳥はセブンス・ヘブンにて羽ばたかない。
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