2021年 この三冊

①『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』 斎藤環・與那覇潤
ひきこもりと向き合う精神科医とうつを体験した歴史学者による九つの対話をまとめた一冊。タイトルだけでは、いかにも憂鬱に悩む人に向けて書かれた著作に見えて、実際、表紙の隅には「心を楽にする9つのヒント!」とも書かれている。
しかし、本書はそれに留まるものではなくて、ここにあるのは今日の日本社会に切り込んでいく批評の言葉だ。
今日の日本に漂っている、生きに辛さや窮屈さ、言葉が通じないもどかしさはどこからくるのかをここ三十年の日本社会の変遷を辿りながら見つめていく。
本書の中に解決があるわけではない。しかし、あやふやなものに幾分かの言葉が与えられていく。それは解決の第一歩ではないか。

②『国語学原論』 時枝誠記
言葉の意味が伝わるとはどのようなプロセスなのか、言葉自体に意味が備わっているのではなく、言葉が投げ込まれやりとりされる中で意味は立ち上がる。「言語過程説」を紹介する「総論」と、その認識のもとに言葉が実際に使われる色々の在り様を分析する「各論」からなる日本語を巡る論考。
言葉の届く過程をたどる分析において、本書は絶えず、主観に着目する。読後、明晰に何かを掴んだ手応えは持てなかったもののまとまらないながらに示唆を得るところがあった。
言葉を巡る著作として今年は他にも丸山圭三郎『言葉と無意識』、古田徹也『はじめてのウィトゲンシュタイン』などを面白く読んだ。

③『桜島・日の果て・幻化』 梅崎春生
ほそぼそと続けている読書会は今年も続けることができた。今年は戦中、戦後を描いた日本の小説を多く取り上げた。梅崎春生の『桜島・日の果て・幻化』もその一冊で、中でも「幻化」が印象的だった。
重要な何かが終わったあと生活、人生の山場を越えて、ここから先、今よりも良くなる見込みも持てない。身体も年々弱くなる。どんよりとして息切れもする人生をどう生き延びていくか。そんなことを描いた小説ではないのかもしれないが、それを描いた小説として読んだ。

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