信州の国宝について思うこと。
北信の象徴、国宝・善光寺本堂。
中信の象徴、国宝・松本城天守。
南信の象徴、縄文時代のふたつの国宝土偶。
そして、東信では象徴というほどの雰囲気ではないものの、信州で最初に国宝指定されたという逸話も持つ、様式の異なるふたつの国宝三重塔。
信州を大きく分けて四つと考えたときに、その四つの地域がそれぞれに、価値観をまったくたがえた、独自の国宝を持っている。
わたしにとって、信州が、信州らしく感じるポイントのひとつである。
国宝には、国宝でもって応じることの出来るこの環境。
どの地域も、ほかの地域の後塵を拝しないという、田舎の県にあっては、なかなか特殊な環境であろうかと思う。
そもそも、田舎の県にありがちな、県庁所在地や商都に対する引け目・劣等感のようなものは、信州ではあまり感じる機会はない。
国宝に頼る以前に、かたや洲羽国の中心、かたや信濃国分寺の置かれた国府、かたや善光寺のお膝元、かたや信濃府中から筑摩県の県都など、昔から四つの地域はほかの地域にあまり依存して来なかったし、心理的にほかの地域に屈することもなかったのであろう。
それが、今日の、一筋縄ではいかない信州独特の連邦制的スタイルを育んでいる要因だろうか。信州は、自立した地方都市同士の、ゆるやかな連帯で成立しているように思える。
一極集中という都市構成にはどうしたってなりえず、試行錯誤をしながら多極分散の理想的な姿を模索しているわけだけれども、その模索の姿は、地方都市が向かうべき、未来の姿を先取りしているようにも思う。
信州では、「長野県」という単語は敬遠される。
「長野県」という単語では、そんな信州独特の連邦制的連帯が、表現しきれていないからであろう。
信州は、「信州」以外ではありえない。
そんな信州の四つの地域の自立した意識を、物心両面から支えているのが、国宝の存在なのかなと思う。
国宝の仏教建築の中でも、東大寺大仏殿・蓮華王院三十三間堂・知恩院本堂と並ぶ大きさを持つという、善光寺本堂。
日本に12城しかない現存天守のうちでも、わずか5城しか指定されていない国宝天守のひとつ、松本城天守。
日本に5つしかない国宝土偶のうちのふたつを並べて所蔵している、茅野市の尖石縄文考古館。
日本に13基しかない国宝三重塔のうちのそのふたつを、車で15分の距離に唐様・和様とりそろえて持つ、上田市とそのお隣の青木村。
信州を旅するのは、愉しい。
その地域の歴史や文化に接することが出来るとともに、そこに生きる人々の意地やプライドといったようなものに間接的に接することが出来て、知らず知らずのうちに、精神のエネルギーを受け取っているからであろうか。
参考① 信州の国宝10種(2022年現在)
善光寺本堂(長野市)
安楽寺八角三重塔(上田市)
大法寺三重塔(小県郡青木村)
松本城天守(松本市)
開智学校校舎(松本市)
※ 擬洋風建築の校舎。わたしの育った津軽には擬洋風建築が多く、個人的に馴染み深かったが、津軽の擬洋風建築と信州の擬洋風建築とは、その様式がまったく異なっていて面白い。仁科神明宮(大町市)
※ 戸隠神社、生島足島神社、穂高神社、諏訪大社など名だたる神社を差し置いて、神社建築の国宝は、仁科神明宮なのであるから奥が深い。縄文のビーナス土偶(茅野市)
仮面の女神土偶(茅野市)
光悦作不二山銘楽焼茶碗(諏訪市)
可翁筆寒山図水墨画(諏訪市)
※ 最後のふたつは、諏訪市のサンリツ服部美術館が収蔵している。
(信州に地縁的・血縁的なゆかりはないので、簡略に記す。)
参考②
国宝5天守 (松本城 犬山城 彦根城 姫路城 松江城)
現存12天守
弘前城 松本城 丸岡城 犬山城 彦根城 姫路城 備中松山城
松江城 丸亀城 松山城 宇和島城 高知城
(※ 最果ての北のはずれに、ひとつだけぽつんと位置する、弘前城址の存在は、きっと多くの城郭マニアの方たちの、時間と資金繰りを悩ませてきたことであろう。)国宝5土偶
茅野市棚畑遺跡出土・縄文のビーナス土偶
茅野市中ツ原遺跡出土・仮面の女神土偶
最上郡舟形町西ノ前遺跡出土・女神土偶
函館市著保内野遺跡出土・中空土偶
八戸市是川遺跡出土・合掌土偶
(※ 北東北出身者としては、つがる市亀ヶ岡遺跡出土・遮光器土偶、青森市三内丸山遺跡出土・十字形の板状土偶、北秋田市伊勢堂岱遺跡出土・三角形の板状土偶が、国宝になっていないのが悔しいところ。)国宝三重塔13基
長野・安楽寺 長野・大法寺 福井・名通寺 滋賀・西明寺
滋賀・常楽寺 京都・浄瑠璃寺 兵庫・一乗寺 奈良・法起寺
奈良・薬師寺 奈良・當麻字(東塔 西塔) 奈良・興福寺
広島・向上寺国宝五重塔9基
山形・羽黒山神社 京都・東寺/教王護国寺 京都・醍醐寺
京都・海住山寺 奈良・法隆寺 奈良・興福寺 奈良・室生寺
広島・明王院 山口・瑠璃光寺
(※ 弘前市にある最勝院五重塔も、国宝に次ぐ重要文化財クラスと知って、逆に驚いてしまった。北の最果ての割りに、なかなかやるものだ。)