【読書感想文】エネルギーをめぐる旅
この本、めちゃくちゃ面白かったです。まだ3月の頭なのでこれから変わるかもしれないですが、今年読んだ本の中で一番おもしろい本になる予感がします。
何がこんなに僕の心を動かしたのか考えてみると、それは3つありそうです。
①エネルギー革命を軸とした人類の歴史の捉え方が秀逸で、ストーリーにわくわくさせられる
②物理(特に熱力学)に対する知識のまとめ方としてとても平易でわかりやすい(さらに、そのことで、ちょっと学生時代に想いをはせてノスタルジックな気持ちにさせてくれる)
③人類の叡智と、そして人類の限界を真正面から整理した上で未来を語っていることに共感がもてる
以下では、簡単に内容を要約して紹介しながら、感想をもう少し述べてみたいと思います。
構成は
第一部:量を追求する旅
第二部:知を追求する旅
第三部:心を探求する旅
第四部:旅の目的地
となっています。
第一部:量を追求する旅
量を追求する旅では人類がこれまでに起こしてきたエネルギー革命を著者が独自に定義し分類しながら、歴史を概観しています。
それは次の五つ。
①火の利用
②農耕による太陽エネルギーの利用
③蒸気機関の発明によるエネルギーの形態の変換の発明
④電気の発明によるエネルギーの生産場所と消費場所の分離
⑤ハーバボッシュ法の発明がもたらした食糧生産量の増大
僕は電池によってエネルギーをためられるようになったことや、原子力エネルギーを使えるようになったことによって、太陽エネルギー以外のエネルギー源を手に入れたこととかが革命に位置付けられるかな、アンモニアの生産は入りそうだけどこの文脈にどう当てはめるかな、と予想しながら読んでいました。アンモニアはあってたけど、ほかはだいぶ外れた。
人類史上、新しいエネルギーがそれまでのエネルギーを駆逐した例はない、と述べられていたこともあり、上の5つは、革命というより、パラダイムシフトと呼んだ方が適切ではないかな、という感想を持ちましたが、著者の整理にはたしかに・・・と唸らせるものがありました。
冒頭の火の利用についての章で、人類と他の霊長類を比較すると、脳の大きさに対する消化器官の大きさや消費エネルギーが、人類は小さく、これは火の利用によって食材を調理することができるようになり、「消化」を外部化したことによって、脳にエネルギーを使えるようになったのが、人類がここまで繁栄した秘密である、と考察しているのがめちゃくちゃ面白くて、「機能の外部化」じゃなくて「エネルギー消費の外部化」という視点で整理することで開けた視界の広さに驚きました。
第二部:知を追求する旅
知を追求する旅ではエネルギーについて人類がどのように理解を深めていったかを解説しています。
熱力学を、その発展の歴史と共に紹介してくれています。
高校物理を習う前に、みんなこの本の第一章を読むとすごく理解が深まると思う。
どうやら高校物理でエントロピーを取り扱うようになるらしいですが、エントロピーには熱力学的な定義と統計力学的な定義があってね、という両面からちゃんと説明してくれる人ってなかなかいないと思う。
大学の物理でも、熱力学方面からエントロピーを理解しようとすると難しいけど、一回統計力学方面から理解すると、すんなりと入れた記憶があります。
それにしても熱力学の話を、数式無しでこんなにもナラティブに語れるなんて本当に感動です。
カルノーサイクルって文章で説明できるんだな・・・
一方で、この本で語られていることが、「ああ、あの話ね」と思えるくらいには、自分がちゃんと物理の勉強をやってきていて知識として染み込んでいることに自分でびっくりしました。
著者が繰り返し、E=mc2が美しい、と語っていて、正直その美しさはわからないのだけど…
第三部:心を探求する旅
心を探求する旅では、エネルギーと経済や社会の関係が整理されています。
人間の脳内で時間の感覚がどんどん早まっている、という主張には説得力があります。
ここは、前後の部を繋げるための目線合わせのような位置付けですが、資本主義を過度に信奉するでも、過度に悪者扱いするでもない姿勢に共感しました。
第四部:旅の目的地
旅の目的地では、エネルギー資源枯渇の危機を迎える前に、気候変動によって人類社会の安定が脅かされる局面になっており、これは人類としてはじめての状況である、という点を指摘した上で、では、これからどうしたらいいのか、ということを考察しています。
第一部で、5つのエネルギー革命について取り上げていたので、これから人類が起こすべき6つ目のエネルギー革命は?という内容なのかな、と思いながら読んでいましたが、そのような主張ではありませんでした。
恐らく、著者の各部の分け方から類推するに、第一部では、あくまでエネルギー消費量 量や、体内でのエネルギー消費の外部化の拡大を志向した革命を取り上げており、ここから先我々人類に必要なのは、量の拡大を志向しない、認識の転換である、と主張するために、エネルギー革命の文脈では未来を語らなかったんだろうな、と感じました。
気候変動に対処するための具体的な方法に触れつつも、認識をどう変えていくか、という話が中心です。
人類補完計画において、海の浄化、大地の浄化ときて、最後は魂の浄化を目指していたのと同じです。
この部の趣旨には賛同しますが、これを踏まえた上で、ビルゲイツの本も読むと、もっと面白いと思います。研究者視点で書かれている本書と、起業家視点で書かれた「地球の未来のために僕が決断したこと」の対比が面白く、合わせて読むことで未来に対するアクションを考える手助けになりそうです。
僕としては、認識の変更を中心に据えて訴える本書の内容に共感しつつも、政治や経済やテクノロジーをどう巻き込んで気候変動に対処していくべきかを語るビル・ゲイツの姿勢には、未来を作る力強さを感じたのでした。
本書は知人が紹介していたので読み始めたのですが、途中でふと著者を調べて、JXの方だと気がついた時には驚きました。
ポジショントークのような内容がほとんどなく、エネルギー産業に従事している人が自己保身のために書いている、という印象を全く受けなかったからです。(僕自身もどちらかというとメーカー側のバックグラウンドをもっているので、眼鏡が曇っている部分はあるかと思いますが・・・)