社会とアートの関わりを実務的に助けてくれる本|場から未来を描き出すー対話を育む「スクライビング」5つの実践【書評】
友人の牧原ゆりえさんから、恵贈いただいた本がこちら。
場から未来を描き出す―対話を育む「スクライビング」5つの実践
私は仕事がら、本を寄贈いただくことは少なくない。ただ、私の理解力不足で、わざわざ文章を書いてまではオススメできないものがある。
ただ、この本はぜひオススメしたい。
この本は、およそ2日で読み切ったのち、使いはじめて3ヶ月が経った。
そう、この本は「使える」。どういうことだろうか。
会議中のホワイトボートに絵を描く「アレ」
さて、会議やカンファレンスで、壁に貼った模造紙やホワイトボードに、絵を描いている人を見たことがあるだろうか。
会議中に私が描いたもの🙇♂️+みんなで書き加えた
私がそれを初めて見たのは、たしか2014年に参加した地元での市民会議のようなイベントだった。私は、その姿に釘付けになった。
まずは、個人の言葉やその場の様子が、ビジュアルなものになって社会に還ってくる、その技に見惚れた。また、それを見たことで、それ無しにはありえなかった思考の花火が自分の中で上がった体験にも驚いた。
その時間で社会イノベーションと呼ばれるようなものは生まれなかったが、それが目指している先に大きなロマンを感じた瞬間があった。
こうしてアーティストの内側からくる創造性と、日々の生活課題はハイタッチするのかと。芸術は、美術館のガラスケースの中に入ってエリートたちに眺められる「アート」だけではなく、日々の生活をよくするために暮らしの中で息づく「芸のすべ」になりうるのだと。
(「結果的に社会に影響を与える」のではなく、「意図を持って社会に影響を与える芸術」。のちに、それはソーシャリー・エンゲージド・アート/SEAなる領域だと知ることになる。)
それを目撃した当時は、正直「私もやってみれるかな」ということを超えていた。しかし、2017年頃にご縁あって、私も「どんなに下手くそであろうが、役立つ絵」を描く練習をはじめた。今も、やらざるを得ない時にやる。ただ、意図あって、自分で描くよりは、その実践者にお仕事をお願いすることのほうが多い。
そのような「絵描き」は、かつてよりは、かなり普及してきたのではないだろうか。それらは、グラフィックレコーディングやグラフィックファシリテーションなどと呼ばれることが多いと思う。
この本で紹介されていることは、見た目の現象としてはそれらと近いことだ。その名を、「スクライビング」と言うらしい。
こんな人にオススメ
内容に入る前に、どんな人にオススメかを言ってみたい。広い意味で言えば、「スクライビング」についての教則本、ビジネス書だが、特にこんな人には役に立つだろう。
現実をただ記録・保存するではなく、現実を超えていく変化を生み出す創作をしたい人
個人的な創作ではなく、社会をエンゲージしたり、コミュニティの集合知をうみだす表現をしたい人
グラフィックを描くと言うことにとどまらず、社会に誠実な形で影響力を与えるような表現活動を行うためのマインドセットやスキルを鍛えたい人
頭でわかるだけでなく、心と体を動かしてやってみるための手がかり、トレーニングの指針を得たい人
この本は、「身に付けておいたら、いつか使うかな」的な教養がほしい人、「やってる感」を出すようなテクニックを身につけたい人には向いていないと思う。
何とかしてどうにかしたいが、ひとりではどうにもならない現実に直面しており、それを乗り越えたい人。それ以上に、その人を助けようとする人にとって、役に立つはずだ。
本書の内容
本書にはケルビーさん(私は直接お会いしたことがない)が、アーティストとして、社会活動家として、その豊富な経験から抽出された視点や、実践の原理が示されている。
「どのようにアウトプットするか」そのものよりは、その前提にある、ものの見方、感じ方、他者や自分自身との関わり方についての記載が豊富にある。
その前段となる、ひとりの人間として現場に立ち続ける中での、ケルビーさんの体験談や葛藤についても書かれている。
項目立てされているが、別に右から左へとリニアに読まなくてもよい。どこから読んでもいい構成になっている。
巻末にはケルビーさんの作品が収められている。(内容の文脈がわからない私が見ても、好奇心を持ってつい見たくなってしまう。実物を見たい!)
この本はどう役に立つのか
これはあくまで「私にとって役に立った」という個人的なレビューであることを再確認したうえで、こう言う。
この本を読んでも、「スクライビングとは何か」ということは、わからないのではないか。
少なくとも、私はわからなかった。だが、それがいい。
毎年、多くのビジネスマインド、スキル、ハック本などが出版される。最近では、それらを読まなくてもYouTubeやサブスクリプションサービスで、本の要約が見れたりする。私も見ることがあって、確かにわかりやすい。
それゆえ、実体験を伴わない情報ばかりが頭の中で増えて、わかった気になる。すると、私たちはそのことに対して、好奇心を失う。それ以上、探求と実践が進まない。頭で「なるほどですね」スッキリして帰っていく。そして忘れ去られ、また新しい別の本を買うのかもしれない。批評家や消費者としては、それはよい姿勢だと思う。
この本には、もちろん、スクライビングは、「参加型のソーシャル・アート」であることや、その使命や原理などについて言葉では書かれている。
しかし、どうもこの本は、そういう「頭だけで」の使い方は想定されていない。「イチローの練習方法について説明できるようになること」と、「チームの背番号1番を背負って打席に立ち、出塁できるようになること」には、月とスッポンくらいの違いがある。
この本は、後者の人向けだ。
空振り三振しても、ブーイングを受けても、夢破れた気持ちになっても、それでもグラウンドに立ち続けることを選ぶ人が、「失敗の質を上げる」ために必要な視点をシェアしてくれている。
だからこそ、ここに書かれている象徴的な言葉が役に立つ。何度も読みたくなる。現場に立っているときに、ぱっと思い起こせる長さの言葉や、置かれた状況が変われば、意味が変わって聞こえてくるような言葉が多い。
それゆえ、現場のお供として実際に「使える」ものになっている。
私の使い方(3ステップ)
参考までに、私が実際にどういう風に使っているかをシェアしたい。
STEP1 ぱっと読む|対話の場やカンファレンス、ワークショップで人前に立って、なにかを受け取る/伝える前に、パッとページを開いてみて、偶然出会った章節を読んでいる。
こんな感じに(この本を読んでいる時に盗撮された)
STEP2 意図を持ってやる|すると、自分がもともと想定していた練習事項に加えて、本書にあること意図して、心の構えをつくってから、本番でやってみる。心の構えをつくる時間は、およそ10分〜15分くらい。個人的には、このタイミングで深く長い時間を考えすぎると、かえって本番で変な執着がでてくることがあるので、最大で15分くらいにしている。
STEP3 ちゃんとふりかえる|本番が終わった後に、改めてそのページを読み返して、さきほどの自分の体験を重ねて、ふりかえる。次にやってみることを考える。その時間およそ10分〜30分くらい。風呂に入っている時やランニングをしながらが多い。なお、そのことが自分のメンタルモデルを揺さぶるような内省になったとき、長く考えてしまうと、2、3日あるいはそれ以上のふりかえりをしていることもある。あまり大きなものを手放す時は、友人やコーチなどに助けを求めることもある。
ちなみに、私は、やむにやまれず絵を描くとき以外は、あまり描かない(やむにやまれず描くことも多いけれど…)。プロセスアーティストとして、意図して、身体と言葉の響き、物語、リズム感を手段として、目に見えないもの・触れないものを彫刻したいと思っている。
そのような私にも役立つので、絵、ライティング、写真、映像、彫刻など、ご自身なりの表現媒体や好みにあった「使い方」を編み出して欲しい。
仲間と一緒に読んで、そのあとに対話してみたり。チーム作りの時にも使えるかもしれない。そういうことができる幅がある内容だ。
まとめ
この本は、社会とアートの関わりから、変化を生み出すことを実務的に助けてくれる本だ。そして、その器となる表現者としての生き様を探求する本だ。
その領域を言語化した本は、これまであまりなかったように思うので、私にとっては「かゆいところに手が届く」ものだった。
繰り返しになるが、あなたが「都合のよいこと」を表現する、つまり、イノベーションや変化を生み出すこと期待されていない現場に立つ時、あるいは、あくまで個人的に自己表現をしたい時には、別の本を読まれたほうがいいかもしれない。
「グラウンドに出ろ。打席に立て。勝負に出てから、この本を読め」みたいなマッチョなことを言うつもりはない。かく言う私も、ケルビーさんがご自身についておっしゃっているような内向的な性格で、かつ、できれば人前に立ちたくないし、話すことそのものに苦手意識がある。
ただ、どうしても打席に立たないといけない、立ち続けないといけない。何とかしてどうにかしたいが、ひとりではどうにもならない現実に直面している友だちをホームベースに返すために、「なんとかして自分が出塁する力」をつけなくてはいけない。
その時にどうしたらいいか。そんな時、ここにある言葉は、新たな道を拓こうとするからこそ、答えのない暗闇の中で時に迷う、私たちの内側に宿る導光になってくれるのではないか。本書は、表現の力をもちいて社会と積極的に関わろうとする人たちの心強い助けになってくれるはずだ。
ピンとくる方は、ぜひ手にとってご覧ください。
なんか、こんな本を社会に贈り出すって、いい仕事だな〜。著者のケルビーさんと編集者、訳者および関係の皆さまに感謝と敬意を込めて。
あっ、英治出版公式にて序文が読めるみたいです。
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