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Midlife crisis ココロのすき間

 Nさんはアメリカ大手IT企業のマネージャーで、サンフランシスコの高級マンションに住んでいます。収入もさることながら、顔も俳優のようです。さらにNさんは多趣味で、料理、ピアノ、サッカー、ガーデニング、ドッグトレーニングと、いかにもセレブな雰囲気の男性雑誌・・エクスファイアとか?に出てきそうなライフスタイルです。日本語もその趣味の一つで、毎週日曜日の夜レッスンにフランス語の後に私たちのレッスンがありました。

 スカイプのビデオ越しにみえる部屋は一人暮らしとは思えない広さで、すっきりとすべての物がモノトーンで整理されていて、モノクロフィルムを見ているような、そんな錯覚さえ起こすほど色のない部屋でした。その中に、いつも黒いスポーツウェアを着た端正な顔立ちのNさんがやさしく微笑んでいて立っていました。それを思い出すとなぜかNさんの顔まで私の記憶の中ではモノクロになってしまい、なんだか昔みた映画のような気がします。

 Nさんの日本語は中級レベルで、その日作った料理や訪れたレストランなど日常的なことを話すことができました。ただ、Nさんのこだわりが強いため、たびたび説明に窮することがありました。

 たとえば、ほかの生徒ならば「牛肉を料理しました」と簡単な文で済ましてしまうところを、Nさんは、「Well, I don't know how to say..]と言いながら細かな下準備からその調理過程すべてを英語をまぜて説明します。まず肉を真空パックにして、特別な機械にいれ、味付けし、オーブンで焼きます。専門用語なので私も日本語でなんというのかわからず、日本語をというより、ただ「はあ、はあ、」と聞いているだけになってしまいます。

 掃除に関しても同様で、電気をつけるためのスイッチカバーというのでしょうか、壁についている白いカバーですが、それが黄ばんできたのが気に入らないので特別な洗剤を取り寄せて一日かけて自然な白さ(?)に戻すというような複雑なことを説明していました。クリーニングの人は雑だから嫌いだとよく愚痴もこぼしていました。そういえばベランダのデッキのタイルもこだわって自分で半年くらいかけてはめていると話していました。

 そんな風に、何でも完璧主義のNさんですが、意外にも日本の好きな音楽やドラマと言うと「きゃりーぱみゅぱみゅ」のちょっと変かわいいビデオや「家政婦は見た」などがお好みでした。

「変な物が好き」と薄暗いライトの中に浮かぶ端正な顔でクールに言われると、なんだかNさん自身がミステリーな感じでしたし、私のレッスンも「変な物」だから好きなのかなとちょっぴり複雑な思いでした。

 Nさんに新たな趣味ができました。カーレーシングです。こだわりの強いNさんらしく、まだクラスが始まる前から高級で本格的なレーシング用のスーツや靴を買いそろえたとレッスン中に見せてくれました。私がため息交じりに「はあ~…Nさんは色々な趣味があって、いつもすごいですね」と言うと、Nさんは「Midlife crisis」とポツリと少し自虐気味に笑って答えました。

Midlife crisis.. 中年期に感じる危機感や不安。今まで順調だった人生をふと振り返った時に何か感じる心のすき間。

 なんだか寂しい言葉なので自分は違う、そうならないと思っていましたが、毎日一日の終わりには、なにか言いようのない物足りなさを感じる自分がいます。

 でも、生物的に何か物足りない、何かを得たいと思うのは自然な事らしいです。そう思うと一生この虚しさはつきまとってそれを満たすためになにか新しいことをしていかずにはいられない・・。完璧なんてありえない。

まだわかりませんが、いつか、もういいと思える時がくるのでしょうか?

 それはともかく、Nさんにとって、日本語の勉強もその「Midlife crisis」のせいで、日本語で日本人と話すのが目的ではないのです。私たちのレッスンが、Nさんのガーデンを埋めていくタイルみたいに、Nさんのココロのすき間の一つを埋めるものになったのならいいのかなと思います。




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