【ショートストーリー】残酷な男
「結婚したんだってね。おめでとう」
電話口。少し声が震えてしまったけれど、平静を装えていたと思う。
かつて、本気で愛してしまったセフレは、どうやら結婚するらしい。
私が初めて家に行って、シャワーを浴びたとき、女性物のケア商品が浴室にあったので、他にも女がいることは知っていた。
だから、この人には本気になっちゃだめだと自分に言い聞かせていた。
それでも、好きになってしまった。好きといってほしくて、私を選んでほしくて。けど、プライドが邪魔をして、私からは言えなかった。
最後に会った日から3ヶ月後に結婚するなんて、ひどいやつだと思う。
しかも、子供ができたのだという。
多分、相手は浴室にケア商品をおいていた女だと察した。
セフレの家に堂々と自分のものを置けるくらい厚かましい女でなければ、複数人の女と関係があるような男と強引に結婚はしないだろう。
どうして、あの時、素直に好きだといえなかったのか。
私が先に好きだといえば、私と結婚する道はあったのか。
その女に負けたことが、悔しくてたまらなかった。
「君とは、リラックスした関係になりたいから」
セックスが終わるたび、言われた言葉。付き合ってもいいかもしれないという意味の言葉だと思っていた。でも多分、浴室の女にも、また別の女にも言っていて、誰が先にリラックスした関係とやらを築けるのか競わせてたのではないか。
子犬のような甘い顔をしておいて、残酷だ。
子供がほしいと、たしかに彼は言っていた。
でも私は、仕事がしたかった。
その時点でもう、勝ち目はなかった。
「うん。ありがとう。君もしあわせになってね」
電話を切った。
ベランダに出て、シワシワになったメビウスの箱から一本取り出し、カプセルを噛んだ。スーッとベリーの香りが喉に広がるのを感じたと同時に、頬に生暖かいものがつたう。
「私を選ばなかったこと、後悔しなさいよ」
今日は精一杯のお洒落をして飲みに行こう。
私は必要とされる、いい女だと確かめるために。