「荒野の坊っちゃん」感想
金原塩之介『荒野の坊ちゃん』(蒼英社文庫)
いやー、面白かったですね。
この小説は、タイトルからもわかるとおり、夏目漱石の『坊ちゃん』のパロディでなんですが、黒沢映画でも「荒野」とつけばウエスタンになってしまうように、これも夏目漱石文体の西部劇なんですね。
漱石文体でのパロディ小説としては『贋作《坊っちゃん》殺人事件』とかが面白かったのだけれど、西部劇というのは思いつかなかったなあ。漱石文体が意外と西部劇に似合うということを発見いたしました。
冒頭からして、こうです。
「親譲りの二丁拳銃で、子供の頃からソンブレロかぶってゐる」
これは言うまでもなく『坊っちゃん』の冒頭の、
「親譲りの無鉄砲で、小供の頃から損ばかりしてゐる」
を元ネタとしているんです。ソンブレロってなんやねん、と思うんですけど、これ、よくメキシコ人のマリアッチとかがかぶってるような、ボリュームのある麦わら帽子ですね。
そいでもって、二丁拳銃です。右手がライトニング、左手がサンダラーとかいってますが、よくわかりませんが、二丁拳銃の坊っちゃんということでは、これはすぐに「ビリー・ザ・キッド」ってことですね。つまりは漱石文体での「ヤングガン」(それも”2”のほう!)をやってしまえという案配です。
冒頭モノローグはこのあと、坊っちゃんは「弱虫やーい」とはやしたてた友達に向かって発砲した事件、親父の持っていたきれいな銀色のナイフで兄の男性自身にバッテン印を刻んだ事件(これが原因で兄はオカマになって出奔した)、隣のロッシーマイヤー家の牛を勝手に売り飛ばした上、怒鳴り込んできた隣のカンタリオと銃撃戦をした事件などを語り、そういう「イタズラ」はしたが、俺はそんなにワルじゃねえ、と嘆きます。
まあ、充分ワルだと思いますが。でも捨て猫を拾ってしまったりするナイスガイでもあります。(猫にはお約束どおり「名前がまだない」わけです)。
でもって、坊っちゃんは現在、保安官であった「父殺し」の濡れ衣を着せられてお尋ね者になり、護送中の馬車からの脱出を図っている最中だということがわかります。
冤罪を晴らし、真実を明らかにするためには、当時坊っちゃんの屋敷の使用人で彼の乳母でもあったキーオという黒人の老婆を捜すしかない。坊ちゃんはキーオからの手紙をたよりに、国境の町エル・ゾナモシュへと旅立ちます。
彼を追いかけるのが、ワイアット・アープではなく、頭がツンツンの「ヘッジホッグ(ハリネズミ)」という保安官ですが、まあ原作の「山嵐」ってことでしょう。彼はなぜか東洋の格闘述バリツの達人であり、本名は三四郎というらしいのですが、銃を交え、拳を交えていつしかルパンと銭形のような友情が生まれてしまいます。
で、山嵐は坊ちゃんの無実を晴らすために力を貸してくれるのですが、逆にお尋ね者の坊っちゃんの一味として、賞金稼ぎに追われる身となります。
もう一人、峰不二子的な役回りとして出てくるのが、凄腕のカウ・ガール「ジェーン・ウィルス」。触れる男はすべて死んでゆくという不幸を呼ぶ女です。モデルは実在の西部劇のカウ・ガールである「カラミティー・ジェーン」です。彼女はピンチにあらわれて、彼らを助けてくれます。
彼らを追う賞金稼ぎですが、どうもそれぞれ単独ではなく、統率のとれた団体であることがわかってきます。どうも、服装がみんながみんな一様に赤いぞ、と気づくわけです。最初は三国志の黄巾党のように、スカーフぐらいだったのですが、強い奴ほど赤くなる。
赤衣のカウボーイ団というわけです。これ「赤色銃士団(Red Gunners)」というのですが、これはなんだか中世の秘密結社っぽい感じです。
ボスは全身、真っ赤で、チョビ髭に眼鏡のインテリっぽいオッサンです。原作の「赤シャツ」ですね。赤シャツのそばには「マドンナ」がいますが、どうも本当に赤シャツを愛しているわけではないようです。赤シャツの配下というか相棒として「野だ」も出て来ます。インディアンの呪術師「ワイルドドラム」といって、「野だ」は秘密結社の祭礼を司るシャーマンなんすね。
ネタバレですが、結局のところ、坊ちゃんの父を殺したのは上司の警察署長のラクーンドッグ(狸)と、赤シャツで、それに気づいて、彼らの中に潜入し、坊ちゃんに情報をくれていた「ジェーン・ウィルス」が、実は赤シャツの情婦のマドンナであり、さらにその正体が出奔した坊ちゃんのオカマの兄だったというオチには度肝を抜かれました。
ということは、この物語の登場人物は男ばっかりじゃないか~!
まあ、唯一の女性としては、坊ちゃんの黒人乳母のキーオがいますけどね。
ビリー・ザ・キッドは21歳でパット・ギャレットに撃たれて死にますが、荒野の坊ちゃんは、晴れて父の仇を討ったあと、この乳母のキーオと一緒に暮らすことになります。
原作の坊ちゃんは街鉄の運転手になったんですが、荒野の坊ちゃんは大列車強盗になって、それでも平和に暮らしたそうです。ハッピー・エンドです。
山嵐はバリツを広めるために南米に行き、これがのちに「バーリ・トゥード」になった、とも書いてあります。マニアックな妄想ですね。
この作品は、解説にも書いてあったように、夏目漱石の未発表遺稿である、という設定です。解説者はその証拠として、漱石は原稿に鼻毛を付けたりする悪癖があったが、この「荒野の坊っちゃん」にも鼻毛が付いており、DNA鑑定により孫の夏目房之助氏のDNAと調べたところ、遺伝子情報が極めて近いと判明した、と書いてあります。
まあ、これは冗談なのだと思うけれども、坊っちゃんとビリー・ザ・キッドを結びつけた作者はなかなかすごいと思います。
ちょっと考えてみれば、漱石とビリー・ザ・キッドは同時代の人間なんですよね。夏目漱石が14歳の時にビリー・ザ・キッドは21歳で死んでいます。後年、漱石がビリー・ザ・キッドについて見聞したと言うことは充分考えられますね。
まあ、みなさんも読んでみて下さい。
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2005.07.18
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