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サフィニア(花まくら より 007)

 サフィニアは園芸で人気の草花で、五弁の花がたくさん咲く、花付きの良さが持ち味だ。一番最初に伸びた芽をあえて摘み取る、摘芯という作業をすることで、二番目三番目に出た脇芽の成長が促され、鉢を覆うような見事な株になる。サフィニアはサントリー・フラワーズが品種改良した特許品種で、元になったのはペチュニア、という名前で流通している花である。ペチュニアなら聞いたことがある、という人もいるかもしれない。パンジーやビオラに次いでメジャーな、春先から秋頃まで開花する有能選手だ。
 私は今年、初めてサフィニアの苗を購入した。五月の上旬ごろだったと思う。本当にたくさんの色、形が出ていて、どれも良さそうで迷ってしまう。大輪の花、中輪の花、小型、と大きさが三種類あり、色は黄色から青から赤まで多種多様、もちろん白も。それから八重咲き、変わり咲き、シンプルに一重咲き。見本として置いてある鉢には、こんもりと青紫の花が満開になっている。
 その中にあって、私の目を引いたのは、二〇二〇年の新色という、ジャパンレッドという品種。説明書きによれば、これは赤は赤でも日の丸の赤をイメージした品種だということである。この日の丸の赤、というのが私の心をつかんだ。夏に向け、鮮やかで良さそうである。これに、小型の八重咲きの白色を合わせ、二色を一つのプランターに植えることにした。紅白でおめでたい感じがいいかな、と思ったのである。
 ジャパンレッドを二つ、八重咲きの白を二つ、それにちょっとあしらいを添えるつもりで斑入りの淡い色のヘデラ(小型のツタ)を片隅に置いてみた。
 植えたばかりのプランターは、スカスカで、物足りない雰囲気だ。これが二週間もすれば、芽が出てきてこんもりと鉢を覆うようになるらしい。うーん、本当かな、と半信半疑ながら、まだ見栄えしないプランターを玄関の目立たない隅の方に置いた。満開になったら、満を持して玄関先にドン、と置きたいな、と、こう考えた訳である。
 それから一週間ほどして、日々水やりに精を出した。朝、水をやるたびに、少しずつ大きくなるサフィニアを愛でながら、最初の花が咲くのを心待ちにしていた。だんだんと大きくなる蕾は、ほんのりと赤く、どうやら、まずは赤色、ジャパンレッドの方が先に開花するようである。
 もうすぐ咲きそう、という頃、蕾を見ていた私は、これは、何か思っていたのと違う花が咲きそうだ、ということに気が付いた。ほころびかけた蕾は、最初、緑がかった状態だったところから、赤へと徐々に成長し、今はもう、ほとんど赤色なのだが、赤は赤だが、ジャパンレッドではないのである。いや、これこそがジャパンレッドだというのなら、私の思っている色が、ジャパンレッドではないのである。
 ジャパンレッドって、何色なのだろうか。
 はて、と私は考えた。ジャパンレッドとは日の丸の赤色、という説明書きだったが、そもそも、日の丸の赤って、どんな赤色だっただろうか。咲きほころびかけたサフィニアは、赤紫色である。真っ赤ではなく、やや青みの入った、渋めの色合いだ。対して私の考えるジャパンレッドは、いわゆる朱色、真っ赤からやや黄味がかった、オレンジよりの赤色である。他の花で例えるなら、サルビアの燃えるような赤色である。そうそう、燃えるような色、炎のような色が、私の思う、ジャパンレッドだ。なんてったって日の丸、お日様の色のなのだから、断じて赤紫ではない。
 しゃがみこんで、プランターを眺めながら、サフィニアの色をじっくり見つめてみる。思ってたんと違う…とはいえ、今更引っこ抜くという事は考えられない。もったいないし、第一かわいそうだ。なので、このまま育てていくつもりではある。ぷらぷらと立ち上がり、家の中に戻りつつ、日の丸って、実際のところ、この色と詳細に決められているのだろうか?と考えた。
 調べてみると、日の丸の赤は、紅色(べにいろ)と決まっているらしい。紅色とは、キク科の紅花から取る染料で濃く染めた色のことだ。やや青みがかっている。朱色ではない。とはいえ、それは曖昧な定義で、色の国際基準であるパントーンの色見本帳で何番、と指定されているとか、そういう厳密なものではない。国旗では紅色だが、企業のコーポレートマークなどでは、朱色がかった、名前で言うと金赤、などが採用されている例も多い。日頃目にする機会が多いのは、国旗よりもロゴマークやちょっとしたイラストなので、私が日の丸=朱色系統、と思い込んでいるのは、そのせいかもしれない。
 紅色のサフィニアは、その数日後、満開になった。やっぱり、紫系統の赤で、私の目から見ると、ジャパンレッドというには、少し青みがちな気がした。その後に続いて、八重の小花も咲き始めたが、白と赤、両方揃って見てみた時、紅白というのも、実は「紅」と書くが、無意識に朱色系統の色を想像しているという事に気が付いた。紅白の幕、と言われた時に想像する色は、紫がかった紅色ではなく、真っ赤、それもより明るい感じのする黄味がかった朱系統の色なのである。
 ハレとケで言う、ハレの日を表す赤色は、朱系統。この私の赤色の世界観というのは、どこから来たのかな、と考えをめぐらせてみると、赤いものおめでたいもの、と考えてパッと思いついたのは神社である。神社には朱色の鳥居がある。あれが私の赤色観とも呼ぶものの源泉かな、と思い至る。ダルマ、還暦の赤いちゃんちゃんこ、紅白の幕、日の丸、そういう縁起物の赤はみな、神社の赤に通じている。
 そうかもしれないなぁ、とぼんやりと考えていると、思い出すことがあった。以前、京都に遊びに来たフランス人の男性を京都案内したことがあるのだが、その際に訪れた神社で、その男性が
「シントー・レッド」
 と言って、丹塗りの鳥居を指差したのだ。シントー・レッドのシントーとは、神道のことである。私は神社の丹塗りがシントー・レッドと呼ばれていることを初めて知った。言われてみれば、これは宗教観と結びついた独特の色である。日本人なら誰しも、丹塗りの朱色を目にすれば、神社の色、鳥居の色、と思うだろう。私自身はあまり意識したことがなかったが、海外の旅行者から見ると、シントー・レッドは特別な色のようである。
 そんな記憶を思い起こしてみると、私が求めていたジャパン・レッド、とはシントー・レッドだな、と納得がいった。購入したサフィニアは、丹塗り、あの神社の鳥居の、朱色、シントー・レッドの色の花をつけると思ったのである。日の丸の赤、とは、私にとって、シントー・レッドの系統だったのである。
 色と言うのは、非常に主観的なものである。共感覚という特殊な能力を持つ人は、音や形に色が付いている、と感じるという。ドは赤色、レは黄色、というように。四角は青、丸は赤味がかったオレンジ、など。自分が見ている色が、別の人にとって何色なのかも、同じ色が同じように「見えて」いるのかも、はっきりしない。幼いころからの学習と、他者とのコミニュケーションの中で、それぞれの感じる色と、その色が象徴するものを共通認識として一致させているにすぎない。だから、時には私のように、ジャパンレッドが思ってたんと違う、みたいなことが起こるのだろう。
 爽やかな、と来たら、青。
 燃えるような、と来たら、赤。
 陽気な、と来たら、黄。
 慣用句のように、私たちはイメージと一致する色の組み合わせをスラスラと暗記している。だから、時には、ちょっと立ち止まって、考えてみてもらえないだろうか。
 あなたのジャパンレッドは、何色?
 単に赤色と答えるとき、きっと、それぞれに違う色が、頭に浮かんでいることだろう。

さて、次のお話は…

前のお話は…


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