見出し画像

我ら熱帯夜につどいし赤の他人

今年は今までになく季節感のない年であると思う。
4月の入社式、入学式は軒並み中止、ゴールデンウィークは家に居なさいと命じられ、8月の炎天下にもかかわらず、道ゆく人はまるで冬のようにマスクを装着している。
私が楽しみにしていた森道市場も、隅田川花火大会も、チケットをおさえていたバンドのライブも、早々に中止になってしまった。夏の楽しみが人々から根こそぎ奪われてしまったのである。

なので、最近は去年の夏について思いを馳せることが多い。去年の夏はちょうど転職前の有休消化期間だったので、燻製を始めたり、餃子作りに熱中したり、家族連れで賑わう猿島に1人乗り込んだり、地元の海でBBQをするなど、けっこう満喫していた自信がある。

その中でも、特に印象に残っているエピソードがある。今日はそのことについて思い出してみようと思う。

去年の夏、私はよく家にたまちゃんを招いていた。
たまちゃんは穏やかで、いつもニコニコ笑っている。おおよそ人に対して声を荒げているところを見たことがない。私は人の好き嫌いが激しいのに対し、たまちゃんは多分本気で嫌っている人はいない。
たまちゃんはとても私に甘いので、「北上ちゃんの人の好き嫌い激しいところもウチは好きやで」と言ってくれる。

そんなたまちゃんは、絶望的に料理ができない。というより、食に全く関心がない。ほって置いたら、夏場など毎食きゅうり1本だけを食べて過ごしている。
私は逆に料理好きなので、定期的に大量のおかずや凝った料理を作りたくなる。そんな日は、たまちゃんを家に招いて、2人でパーティーをする。たまちゃんはいつも私の家に来る時は、サッポロビールの500ml缶2本とキリンラガーの500ml缶2本を買って来てくれる。たまちゃんはサッポロ派、私はキリン派なのだ。

その日もたまちゃんがビールと一緒にうちに来て、私は手作り餃子と青椒肉絲とたたききゅうり、もやしナムル、それとかきたま汁を作って出迎えた。

飲んで食べてが一通り終わった頃、私はふと、とても楽しみにしていたスマホゲームアプリのリリースが最近だったことを思い出した。

それは私の大大大好きなハリーポッターのゲームだ。要はポケモンGOと同じようなシステムで、自分の現在地がゲーム上のマップとリンクし、マップ上にマークが現れる。そこに実際に行ってみると、AR、つまり拡張現実によって自分のスマホのカメラ越しにハリーポッターに登場する人物や魔法生物たちを見ることができる。ホグワーツの生徒や魔法生物を魔法を使って救助、ないしは捕獲するゲームだった。

私は海外児童文学が大好きで、ハリーポッターも何度も読んだし、映画は観るたびに涙ぐまずにはいられないマニアである。たまちゃんもハリーポッターは好きやよ、と言ってくれたので、その場でアプリをインストールし、「わ!いた!ヒッポグリフや!」「すごい!プロフィールで杖の長さとか木材選べるで!」「芯の材質何にする?」「そりゃ不死鳥の羽一択やろ」と大はしゃぎだった。
たまちゃんの終電の時間よりも早めに家を出て、2人で駅までの道のりを歩く間、わいわいとゲームに勤しんだ。

たまちゃんが電車に乗ったのを見届けて、私は駅から自宅への道のりでもずっとゲームに夢中だった。時々立ち止まってスマホを食い入るように操作している女は、客観的に見たらさぞ不審であっただろう。

そんな時である。「たすけてぇ…」というか細い声がどこからか聞こえてきた。
ゲームのマップを確認しても、魔法生物やホグワーツの生徒は出現していない。助けを求める声は拡張現実ではなく、目の前の現実だということに気づくまで少し時間がかかった。

声の主は、私が歩いていた歩道の植え込みにいた。植え込みには私の脛くらいの高さに柵があり、そこからニョッキリと足が2本見えてた。
私はすっかり驚いて、スマホをポケットにしまって駆け寄った。植え込みには50代後半くらいの女性が倒れていた。体勢から見るに、おそらく柵に腰掛けて、そのまま背中から植え込みに倒れてしまい、自力で起き上がれなくなってしまったようだった。

私は女性の腕を引っ張って、慎重に柵に座らせた。女性は体からすっかり力が抜けてしまっていてとても重たかった。座った女性は、はぁはぁと肩で息をついた。
「すみませんねぇ、なんて親切な方なのかしら…」
女性の様子がどうもおかしい。なんだかボーッとしているし、大丈夫ですか?と問いかけても、背中を丸めて「えぇ、まぁ…すみません…」としか言わない。

「タクシー呼びますか?ご自宅はどちらですか?」
「あぁ…いやぁ…大丈夫です…」
「何かあったんですか?1人で歩けますか?」
「まぁ、はぁ…なんて、親切なお嬢さんなのかしら…」

この時点でなんだか私は怖くなってきた。明らかに変な人である。一瞬で頭の中に嫌な想像が駆け巡った。麻薬中毒者?病気?頭打ったのか?いや私が騙されてる?もしかしたらこの人はダミーで、後ろから仲間がやってきて、事件に巻き込まれるのか?

私はもう1度女性に大丈夫かと問いかけ、女性の様子も落ち着いてきたように見えたので、近くに落ちていたバッグを女性に抱えさせ、その場を去った。まぁ、植え込みから助け出したしバッグも渡したし大丈夫でしょう。私は十分務めを果たしたさ。

大体50メートルくらい早足で歩いたところで、どうも心配になってしまった。これで振り返って何かが起きてたらどうしたらいいんだろう、と思いながら、恐る恐る元きた道を振り返った。

さっき助けた女性は、植え込みから少し歩いたところ、コンビニの真正面で、今度は道にうつ伏せで倒れていた。
おいおいおい、もしかしたらあのまま死んじゃったのか!?
私はサンダルで全力で女性の元に走った。ちょうどその時、コンビニから男性の2人連れが出てきて、同じくらいのタイミングで女性に声をかけていた。

「大丈夫ですか!?」
「やっぱり大丈夫じゃなかった!この人、さっき植え込みに倒れて動けなくなってたんです!私が引っ張り出したけどまた倒れちゃったみたいで!」
「大丈夫かな、頭打ったのかな」

その場に偶然居合わせた男女3人で、女性に声をかける。現場に緊張が走る。
その時、男性の片方がボソッと言った。

「この人、めちゃくちゃ酒臭いな」
「そうだな、飲み過ぎたんだろうな」
「えっ、酔っ払って倒れてたの!?」

急に肩の力が抜けた。考えてみたら、私はさっきまでたまちゃんと一緒に1リットルのビールを飲み干し、さらにハイボールをガッツリ飲んでいたのだった。だから他人のアルコール臭に全く気づかなかったのか。

その場でタクシーを呼び、男性たちが肩を支え、私がバッグを渡し、女性はタクシーに乗り込んだ。聞けばここから歩いて5分くらいの場所にお住まいとのことだった。
女性は、何度も「親切な人がいたものねぇ…」と繰り返した。

「お三方は、どういったご関係なのかしら?ご友人?」
「あぁいえ、私たちは全然そんな」
「たまたまこの場に居合わせた赤の他人同士です」
「まぁ、そうだったの。じゃあ皆さんとても親切なのね。お恥ずかしい」

タクシーが走り出すのを見届けた私たち3人には、妙な連帯感が生まれていた。

「こんなことあるんですね」
「びっくりしましたね」
「自分は気をつけたいですね」
「それでは、なんというか」
「はい、お疲れ様でした」

私と男性2人は、別方向に歩いて行った。

冗談のような、全て本当の話である。
人との距離を保ちましょうと叫ばれる昨今、特にこのことを思い出す。
もしも今、全く同じ場面に出くわしたら、私とあの男性2人はどんな行動をとるのかな、と。




※トップの画像は今回記述したゲーム『 ハリーポッター:魔法同盟』のマップのスクリーンショットです

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?