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北からほろほろ読書日記📖2024年8月(秋永真琴)

八月某日

 思いっきりインドア派の人間だけど、ひとつだけアウトドアな趣味がある。ライジングサン・ロックフェスティバル(以下RSR)に参加することだ。
 どういうものなのかよく尋ねられるのでざっと説明します。
 札幌の中心街から車で40分、石狩新港の草原で2日間にわたって催される野外音楽イベント。初日は午後3時から深夜1時まで、2日目は正午からオールナイトで翌朝5時まで、5つのステージで絶えず誰かがコンサートをやっている。各ステージはそれぞれ歩いて15分くらいの距離がある。あまり近いと音が混ざってしまうから。
 そんな広大な会場には屋台村が何カ所もあって、そこで食事やデザートやお酒を買うことができる。フェス飯と呼ばれるやつだ。これもおいしいし、会場内にテントやタープを建て、火と食材を持ち込んで自分たちで料理をすることもできる。ただし、事前に「テントスペース付きの入場チケット」を予約しなきゃいけない。演奏が聞こえるところでキャンプできるロックフェスは全国でも珍しいらしく、人気のチケットだ。
 この抽選に毎年翻弄されている。
 仲間全員が上限いっぱいに申し込んでもぜんぜん当たらない年もあるんだけど、逆に当たりすぎて頭を抱える年もある。今年は後者で、チケットが何枚も余ったので、いろいろな伝手を辿って「よかったらRSRに来ませんか。お酒もごちそうします。おいしいお肉も焼きます」と誘った結果、何人か参加してくれた。
 にぎやかなキャンプになった。
 いつもの仲間に加えて、20歳すぎの若者もいれば、プロのお笑い芸人の方もいる。日常ではなかなか接点がない人たちと、遠くから流れる音楽に耳を傾け、ビールを飲みながら、なけなしの社交性をふりしぼってお話しする。思いっきりインドア派の人間なので(2回め)こういう機会は貴重だ。
 楽しい夏のイベントだった。
 
 RSRが終わってから、岡本雄矢『センチメンタルに効くクスリ トホホは短歌で成仏させるの』(幻冬舎)を読んだ。
 前述の芸人さんの本である。日々の暮らしの中で遭遇する、なんともビミョーな気持ちにさせられるシチュエーションを、短歌とエッセイで巧みに切り取った一冊。57577のほうです。俳句より長いほう。サラダ記念日のほう。

 話そう!とプロフィール欄に書いている人からまったく返事がこない
 
 すすきのを3周したのにあのホスト僕の原付にまだ座ってる
 
 リポビタンDってこんな色なんだ ぶちまけたから気付けた よかった

 このリポDの短歌は、「よかった」で終わっているのに逆の感情が詠まれているのがとても好きな一首だ。別にそんなの知りたくなかったし今後何かの役に立つとも思えないけど「いい経験になった」と思いこむことで崩れそうな心を守るしかない瞬間、ありますよね……。
 しかし、職業柄当たり前といえば当たり前かもしれないけど、実際にお目にかかった岡本さんは話し上手で聞き上手な、スマートなお方だった。私と違ってこの本に出てくるようなトホホな目に遭うイメージはわかない。
 まぁ、なんの失敗も挫折もない人間はいないということか。
 本を読み終えてから、誰もが経験する……経験“は”することを、鮮やかに言語化するちからについて考えた。
 歌人や俳人には、お笑いファンが多い気がする。あと、難しい小説を書く純文学作家にも。M-1やキングオブコントが放送される夜、私のTwitter(X)はそんな文学者たちの実況で埋まる。
 一般人が「ちょっと変だけど、まぁそういうものか」と受け流してしまうような違和感を見逃さずにとらえ、多くの人が笑いながら共感できるかたちで示してくれる……。芸人のそういうセンスは、よい詩や小説を書くときのセンスと共通するところがあるように思う。
 私の最近のトホホは何だろう。いろいろあったのは間違いないのに思い出せない。センス以前に記憶力がやばい。

 
八月某日

 文系か理系かと訊かれれば完全無欠の文系だ。
 数学や理科の成績もよかったのは中学生まで。高校に入ってから加速をつけてわからなくなり、かといって英語や歴史が得意ということもなく、大学受験は国語の点数にすべてを賭けた。
 たまたま本を読むのが好きだったから、それで得た読解力で何とかなっただけで、本当は文系ですらなく「無系」なのだと思っている。
 マンガやゲームなら主人公が終盤で覚醒する最強の属性っぽいけど、現実の「無系」は何にもかっこよくない。小説を書くときに科学のことも歴史のことも何もわからなくて非常に苦労する。

 円城塔『ムーンシャイン』(東京創元社)を読んだ。
 読書好きに「理系の小説家といえば誰?」と訊けば、『すべてがFになる』の森博嗣と並んで多く名前が挙がる作家だと思う。大学で物理学を修めた研究者で、お書きになる小説の多くも、なんかこう……人間の主人公と脇役がいて、事件があって、物語が進むという、一般的なエンタテイメントとは異なっている。
 この短篇集も、独自の科学的・哲学的な理論がどの作品にも饒舌に展開されていて、どこまでが実際のもので、どこからが作者の創作なのか、私にはわからない。
 でも、そんな前衛的な内容を語る文章が、端正で滑らかで、とても美しいのだ。豊かな文章をふんだんに味わう喜びがある。
 わからないけど面白い。むずかしいけど興奮する。
 円城さんは、文系と理系という狭い枠組みに収まらない、言語という記号も数字と同じように扱って世界の秘密を解き明かそうとする、真の「無系」作家なのだろう。
 私はやっぱり文系を名乗っておくことにします。
 

 
秋永真琴(あきながまこと)
札幌在住。2009年『眠り王子と幻書の乙女』でデビュー。ファンタジー小説や青春小説を書いています。ビールとスープカレーが好きです。日本SF作家クラブ会員。
Twitter(X):https://twitter.com/makoto_akinaga
note:https://note.com/akinagamakoto

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