見出し画像

天井裏の不寝番

 行き交う人も乏しい夕暮れの奥州街道。
 越河宿と斎川宿の間に侘しく佇む旅籠『伊駒屋』の玄関をくぐった侍は、まず本来ならその場に居なければならぬはずの人の姿を己の両眼で探し求めた。
「御免」
 返事どころか人の気配すら無い。
「御免」
 もう一度、今度は語気を荒げて呼んでみたところ、ようやく旅籠の奥から此方へ向かってくる足音と共に、齢の頃は三十前後、白と紺の縦縞の着物に安っぽい玉かんざしという、垢抜けず田舎臭さの抜けない中年女がひょいと顔を出した。
「あらまあ、お客さんですかえ」
 客を前にした旅籠の人間とは、とても思えぬ言い草である。
「部屋は空いているか」
「ありますよぅ。ここんとこ客は少なかったうえに、昨夜なんかは誰も泊まらなかったからねぇ。お客さんは運がええですわ」
 自嘲なのか本気で言っているのか、旅籠の下女はけたたましく笑った。
「運が良いとは?」
「だってさあ、どの部屋も空いているんだから選り取り見取りの選び放題ですもんよ。あ、いっそ仕切り板も外して大部屋にしちまいましょうかね」
 宿泊客が少ないという苦境を他人事のように笑い飛ばす下女の態度に眉を顰めながら、侍は玄関の式台に腰を下ろした。
「大部屋にすると、代金は安くなるのか、それとも高くなるのか?」
「一緒、一緒。うちはどの部屋を選んでも一泊四百文ですよぅ」
 高いな、と正直な感想を言おうとした侍の声は、どたどたと床板を踏み鳴らす足音に掻き消された。
「お、おさん、無駄口はそのぐらいにして、早く足すすぎの支度をなさい。あ、お侍様、ようこそいらっしゃいまし」
 銀杏髷が天井に届きそうなほど背が高いのに、手足は細くひょろ長い奇妙な男が、焦燥を面に表しつつ下女を叱りつけて追い払ったかと思うと、すぐ侍に向けて頭を振り下ろすような会釈をする。
「え、ようこそお越しくださいました。あ、手前はこの伊駒屋の番頭で丁助と申します。え、以後お見知りおきを、はい」
 締まりのない顔に焦りを含めた薄ら笑いを浮かべながら、侍の前に傅いた丁助はおずおずと宿帳を差し出した。
「え、その、お手数ではございますが、お客様がお泊りの際にはこの宿帳にお名前をご記帳していただくのがしきたりになっておりまして、その」
「筆と墨は?」
「あっ! いけねぇ」
 宿帳と侍をその場にほったらかしたまま、丁助がばたばたと足音を立てて奥へと引っ込むと、入れ替わるように水で満たされたたらいを抱えたお珊が戻ってきた。
「丁助さん、また何かやらかしたのかね?」
「宿帳を持ってきたのだが、筆と墨を忘れたらしい」
「その程度ならかわいいもんだね。でも最近は本当にお客さんが少なかったから、丁助さんも気が緩んでいるのかもね。まあいつも緩んでいるようなもんだけど」
「そんなに客が少ないのか」
 旅籠としては中規模程度の平屋。屋根瓦は立派で、家屋にはところどころ修繕を要する傷みがあるものの、建物としてはこれまでに泊まった旅籠に比べて特別遜色がある、というわけでもない。
「元から少なかったみたいだけど、それにはちゃんとした理由があってねぇ」
 どっこいせと盥を土間に置いてから、お珊は言葉を続けた。
「お客さんが来たのが斎川宿、この先にあるのが越河宿だけど、日の出に合わせて出発すれば、よっぽどの道草を食わない限り一日で辿り着ける距離なんだべさ。だから普通に旅してる人なら、ここは昼頃に通り過ぎる場所になんの。だから誰も泊まらんの。旅籠じゃなくて茶屋なら儲かったかもしれんけどねぇ」
「まあ、昼に飯ではなく宿を取るような物好きは、そういないだろうからな」
 目の前で脚絆きゃはんを脱ぎ、足を洗っている侍が、普通に旅をしているわけではないと暗に言われているようではあるが、当のお珊にその意図があるわけではないようで、他愛ない世間話をするような口調で勤め先の苦境の原因をべらべらと喋り続ける。
「それに加えて、十年前の百姓一揆ね。これでこの辺が物騒になったうえに、未だ不作続きだもんだから物の値段も上がっちゃって、それで旅してる人たちゃみんな斎川と越河の宿ばっかり使うようになったわけなんよ、うちに比べて安いから。それでますますお客が少なくなったってわけ」
「不作で物の値段が釣り上がるのはともかく、百姓一揆と近辺が物騒になることとは、関係があるとは思えぬが」
「それがあんのよ。追い剥ぎやら強盗やらの本性は、重い年貢が納められなくなって逃げ出した百姓だから。あの人たち、一揆が治まっても不作続きで年貢の収めようがないから、田んぼに戻らんで悪いことして食いつないでいるんだと。会津のお殿様も、不作なんだから少しくらい年貢を軽くしてくれたって良さそうなもんなのにね」
「主君は代替わりなされたぞ。一揆が起こったのは先代である松平容貞かたさだ公の治世で、現在は容貞公の御子息であられる容頌かたのぶ様が治めておられる。度重なる不運を乗り越え、これからはきっと良い方向に進むだろう」
「あらまあ、いつの間に」
「そんなことも知らずに不満を零していたのか」
 屈託なく笑うお珊とは対照的に、侍は刀傷のある顔に苦々しい表情を浮かべた。
 一揆が起こった理由は、当時の慣習だった御救米おすくいまいの一種である「夫食米ふちまい」にある。最初の不作が起こった年に、当時の奉行だった並河多作と西郷仁左衛門が夫食米を百姓らに貸し与えるよう命じたのだが、その恩恵は量が少ないうえに一家につき一度きりで返済は来秋、しかも労働力不足で耕す者がいなくなった「上げ田」を出さない等といった多くの条件を付けられた為、逆に農民側がこの夫食米を拒否。領地の惨状を容貞公に訴え出ようとして藩士側と衝突し大騒ぎとなった。挙句に死者まで出してしまい、事態を重く見た家老たちによって並河と西郷は罷免。年貢の半減を約束されたことで一揆は一応の決着を見たはずである。
 どたどたと物々しい足音を立てながら、長身の丁助が筆と墨入れを両手に下げて戻ってきた。
「え、ありました。じゃ、こいつでご記入をお願いします」
「あいわかった」
 締まらぬ愛想笑いを浮かべる丁助から筆記用具を受け取った侍は、薄い宿帳に「高下次左衛門正光たかしたじざえもんまさみつ」と己の名を書き記す。
「四百文であったな」
 盥に両足を突っ込んだまま侍――高下次左衛門は懐から一貫文差しの紐を取り出し二人に見せた。一泊分の金は持っているという証明であり、この場で渡さなかったのは、玄関先で銭を渡すのは武士として恥ずべき行為だと思っているからである。
「では、お荷物はあたしがお部屋までお運びいたしますので」
「丁助さん、それはわだすが」
「あんたは足湯の片づけがあるでしょうに」
 お珊を窘めてから、丁助は次左衛門の少ない荷物を受け取ると、逃げ出すようにそそくさと玄関から立ち去ってしまった。
「しかし、お侍様も変わっとるねぇ」
 慣れているのか、お珊は意気消沈する素振りも見せない。
「変わっている、とは?」
「さっきも言ったでがしょ、斎川と越河の間は一日あれば足りるってさ。それでもうちに泊まってく客は、足の遅い爺さん婆さんか子連れ、そうでなけりゃ道中で病気になっちまった連中ぐらいなもんだよ。見たところ、お侍様はまだお若いし、どこも悪くねぇみたいだけど、じゃあここに来るまでの間に道草でも食っていらっしゃったのかね?」
「道草、か」
 会津藩の新領主となった松平容頌公は――御幼少のみぎりはさて置くとして――藩主として会津入りするのは、今回が初めてである。先代のまつりごとが失敗し、城下はおろか領内にまで怨嗟の声が満ち溢れている現状においては、江戸から会津若松城に至るまでの道中に、容頌公を狙う不穏な動きが無いこと――万が一にもそれが存在しようものなら直ちに排除し、容頌公が江戸を出立する前に災難の芽を摘み取ることが、会津藩主松平家の家臣一同に課せられた焦眉の問題であった。
 幼少の頃より会津で真新陰流を修行し、元服してからは夭折した兄の後を継いで御供番という役職に就いた高下次左衛門がその任を受けた理由は、藩主外行の際の護衛役である御供番という職務からしても当然であり、同時に彼の剣の腕前を買われたというのもあるだろう。
 彼が斎川を発ってから伊駒屋に到着するまでに掛かった時間は、その道中に襲撃を受けそうな場所の確認と、あるいはそういった行為に及びそうな不穏分子の排除に費やした結果と言い変えることも出来るだろう。
 もっとも、長い時間を掛けて歩き回った結果が「特に無し」という徒労に終わったのも、また事実ではあるのだが。
「斎川で忘れ物をしてな。取りに戻ってこの有り様だ」
 こんな任務を下々に語るわけにもいかないので、誤魔化すしかない。
「あらまあ、それはお気の毒。でもまあ、ここで忘れ物するよりはよっぽどましだわ」
 濯ぎ終えた足を手拭いで拭きつつ、次左衛門は尋ねた。
「どういう意味だ?」
「だって、ここで忘れ物なんかしようものなら、お客さんが取りに戻って来るなんて考えもしない丁助さんが焼くか捨てるかするだけだもんさ」
 そう言ってまた笑い転げるお珊を見て、次左衛門は苦々しい気分になった。
 一泊四百文は、高くついたかもしれない。


 本日唯一の宿泊客ということで、隣室との仕切りを軒並み外して作られた大広間に案内された次左衛門は、逆に所在なさげに広い間取りの片隅にちょこんと腰を下ろしていた。
 伊駒屋は、平屋であるが故に縦には部屋を割り振れないが、奥行きは並みの旅籠よりもあり、広さだけなら斎川や越河の旅籠はおろか会津藩家老の江戸屋敷すらも上回っているのではないか、と思わせるだけのものを有している。
 それだけに、強盗や追い剥ぎが跋扈する程度に治安が悪い藩内で、安穏と営業を続けていられるという状況に、一抹の不可解さがあった。現に、次左衛門が伊駒屋の玄関で人を呼んだ際には、お珊が出てくるまでにそれなりの時間を要した。入ってきたのが泊り客ではなく強盗だったとしたら、伊駒屋は相当な損害を被っていたはずである。
「お客さん、飯が炊けましたでよ」
 遠くに見える障子が開き、お珊が膳と飯櫃めしびつを抱えて入ってきた。客を前にしても平然と足で開け閉めするあたり、玄関での対応と同様に、行儀作法がまるでなっていない。
「どうかね、大広間のお殿様気分は?」
「主君は、いつも大広間におわすわけではないぞ。それに家臣も供の者もおらぬ大広間では、威厳の示しようがないではないか」
「なぁに。うちとこのお殿様にゃ元から示す威厳なんてありゃしねぇでしょうから、家来がいてもいなくても変わんねぇ。どっちもどっちですよう」
 無礼討ちも已む無しと受け取られかねないお珊の悪言に、しかし次左衛門は言い返しもせず無視を決め込んだ。
 代替わりしたことすらも知らない、呑気な下女の戯言でしかないのだ。
「膳はともかく、一人で飯櫃は重かろう。丁助に手伝わせれば良かったのではないか?」
 丁助の立場を無視したお珊の返答が、笑い声を引き連れて投げ返された。
「とんでもない。丁助さんは大雑把な力仕事が得意だけど、人と顔を合わせるのが苦手な人だからね。うっかりこっちまで巻き添えくらってお膳をひっくり返されたんじゃ、たまったもんじゃないよ」
「人が苦手で、よく番頭が勤まるもんだ」
「他に人がいないからねぇ。まあ、ここにいる男連中はどいつもこいつも頼りない奴しかいないけどね」
「頼りない、か」
 頼りない男という点では自分も同じだと、次左衛門は己を顧みた。
 さして裕福でもない武家の次男坊としてこの世に生を受けた高下次左衛門正光は、幼い頃から剣術道場に通わされたばかりでなく、厳しい父の友人であった師匠により、徹底的に扱かれ続けながら少年期を過ごしたようなものである。
 最初の三年間は、上半身裸のまま袋竹刀で散々に叩かれる日々を送っていた。
 打ち込み方を学び取っていくうちに、ようやく着衣が許された。これでようやく寒い思いをしなくて済むようになったと喜んだのも束の間、師匠の握る得物が袋竹刀から木刀に代わり、打ち込まれた時の痛みは倍増。血尿は数知れず、骨折した時すらあった。
 一本も取れずに終わった師匠との十本勝負の直後に、道場生相手の二十人掛けを強制された時も酷かったが、免許皆伝の試験に比べれば遥かにましだった。子の日から亥の日まで道場に泊まり込み、食事と睡眠と大小便以外の時間は終始稽古漬け、それも一日毎に師匠と師匠の友人である剣士たちが入れ替わりで容赦なく相手になる、という内容だった。
 今にして思えば、よく死ななかったものである。
 その生き地獄を持ち前の根性と生真面目さと求道心で生き残り、剣の腕を磨き上げてきた次左衛門にとって、和を尊しとする名目の職場はどうしても馴染めず、また地位や立場の低い者が損を押し付けられる慣習が蔓延っている公儀の現状は、不満が募るだけの場所でしかなかった。正直なところ、まだ妻帯してないという理由で軽く扱われている現状に耐えつつ御供番を続けている理由は、兄からの相続という責任と、公儀の職務であるという誇りの二点だけでしかない。
 乱世はとうの昔に過ぎ去り、平穏な治世下において求められているのは、生傷の絶えぬ命懸けの修行の末に体得した剣の腕ではなく、世渡りと小利口さ、そして平然と人を欺くことに躊躇しない度胸と口の巧さなのだ――と自嘲する高下次左衛門にとって、今回の任務はむしろ息抜きに等しいものだった。
「しかし、丁助はあれだけ背が高いのだし、それに膂力りょりょくもありそうではないか。いざという時には頼りになるかもしれぬぞ」
「とんでもねぇ。丁助さんは風呂場で鼠を見ただけで悲鳴を上げるような根性無しだもんよ。何かあったとしても頼りにゃならんて。ま、ここ数年は何も起こっとらんから別にええけどな」
「何も?」
 斎川では昨晩、客同士の喧嘩と小火騒動があったが、住人は慣れたものだと言わんばかりに粛々と対処していた。人通りの多い宿場町での日常茶飯事が、客が少ないとはいえ何年も起こらないものだろうか。
「それよりお客さん、飯が冷めちまうだよ。さっさと食いなせ」
「お、おう、そうか」
 旅籠の食事は、一汁一菜が一般的である。
 その日の伊駒屋の夕食は、山菜の塩漬けに干し大根、身欠き鰊の山椒漬け。味噌汁の具は、潰して干した打ち豆を水に戻したもので、干し大根は油麩と一緒に煮込んで味付けされていた。
 いずれも会津藩とその周辺の名物だが、不作続きの昨今では立派な御馳走である。これだけのものが食べられるのなら、一泊四百文も決して高くはないのかもしれない。
「美味いかね、お客さん?」
「うむ。しかし不作続きだというのに、これだけのものを用意するのは大変ではなかったか?」
「なんかね、女将さんが用意してくれんのさ」
「女将が?」
「んだ。ここの主人は伊駒屋曽兵衛って名前なんだけどね、まだ若いのに病気で寝たきりになっちまったんよ。そんで、代わりに女将さんか切り盛りしてるってわけなんさ。もちろんお客さんへの挨拶ぐらいは自分で考えてやっているけど、細かいところは旦那さんと相談して、ああしろこうしろって言われてるみたいなんだけどね」
「すると、伊駒屋の女主人というわけか」
 お珊は「ん」と短く答えてから急に姿勢を正してから視線を大広間の外に向けた。
 その動きに合わせるかのように、そっと開いた襖の奥から、松葉色に黄肌の格子模様という小袖を着た女が、静々とした足取りで大広間に入ってきた。
「この度は、ようこそ伊駒屋にお越しくださいました。伊駒屋の女将を務めております、お千勢ちせと申します。病気で臥せております主人、伊駒屋曽兵衛に代わり、ご挨拶させていただきます」
 お千勢は次左衛門の前に正座し、深々とお辞儀した。
「うむ」
 相手が男なら動じなかっただろうが、女将の挨拶は次左衛門の生涯を通して初めての出来事である。父や兄より先に母を喪い、剣術の修行に明け暮れていた次左衛門にとって、礼儀正しく毅然とした態度を見せる女性は、苦手としているものの一つであった。
「女将、このご時世にこれだけの食材を集めたのは見事だな。さぞかし難しいことであろうに、どうやって集めた?」
 伊駒屋お千勢は、すっと面を上げた。年の頃は三十半ば、本来ならば端正と言える顔つきなのだろうが、恐らくは看病と女将業の兼任による疲労からなのだろうか、全体的にやつれ覇気に欠けている。
「伝手が、ございます」
それでも語調は毅然としたものである。
「そういう食材を買い集めては売り歩く者たちが、知り合いにおりますので」
「そうか」
 照れ隠しもあり、次左衛門は話題を変えることにした。
「庭の景観は見事なものだな。感じ入ったぞ」
「有難うございます」
 疲労と緊張で凝り固まっていたお千勢の顔が、誉め言葉でようやく綻ぶ。
「ただ、あの土饅頭はいただけないな。それなりに目立つ場所に五つも六つも拵えるようなものではないぞ。一体、何が埋まっているのだ?」
「あれは、主人が飼っていた猫たちの墓です。子も無く病で臥せている主人は猫を飼いたがるのですが、どういうわけかどの猫も半年と持たずに死んでしまうものですから、最近では主人も諦めているようでございます」
 お千勢の説明を聞いていた次左衛門だったが、説明の中身よりも、彼女の後ろに控えていたお珊が怪訝な表情を浮かべていたことの方が気になった。

 

 上。
 いや下か。
 静まり返った深夜の大広間。
 中央にぽつんと敷かれた布団で熟睡していた次左衛門は、しかし伊駒屋の屋内で蠢く何者かの気配を感じ取るや否や即座に覚醒し、不審者の居所を探り当てた。
 さすがに愛刀は枕元に並べてあるが、光源となる行燈までの距離は決して近いものではない。仮に手元に置かれていたとしても、点火している間に不審者は逃げてしまうだろう。
 寝返りを打つ振りをしながら、静かに刀の鞘をつかんで布団の中へと滑り込ませる。
 畳の一部が盛り上がり、その下から何かが這い出てずるずると這う音が聞こえた。
 次左衛門は布団の中で、そっと抜刀した。
 気配の主は、次左衛門が目を醒ましていることに気付かず、そのまま大広間の床柱を這い上り天井へと移動する。その間に布団の中で寝巻の裾を捲り上げた次左衛門は、がばと布団を跳ね除けるや一喝し、気配の主が消えた辺りに見当をつけ、左手で長押をつかみながら跳び上がるなり天井を突き刺した。
 途端に刀の切っ先が突き刺さった場所の隣天井板が破れ、黒い影が畳の上に転げ落ちる。
「曲者!」
 着地した次左衛門は、蹲る影に対して刀を振り上げた。
 暗闇の中では賊か妖かの判別すらままならないが、どのみち深夜に旅籠の天井裏や縁の下を這い回るような輩に碌な奴はいない。退治したところで文句は出ないだろう。
 この瞬間の高下次左衛門に落度があったとすれば、相手は侍である自分に対して恐れをなし、この場から逃げ出すに違いないと、自分に都合の良い憶測だけで判断し行動したことになるだろう。
 逃げ出そうと背を向けたはずの相手に斬りかかろうとした次左衛門は、彼我の間合いが自分の想定と異なっていることに気付くのが僅かに遅れた。
 影は、次左衛門に突撃したのだ。
 予期せぬ不意討ちに虚を突かれた次左衛門の身体は大きく後方に吹き飛び、背中から畳に叩き付けられた。
「くっ」
 不意討ちを受けても決して刀を手から離さず、しかも自分の予想が外れたことにも動じず即座に立ち上がったのは、長年の修行により鍛え上げられた精神力のなせる業といったところであろうか。
 しかし次左衛門が立ち上がった時には、既に影は庭から外へと逃げ去っていた。
 窮地にもかかわらず暗闇の中でも我が家の如く襖と雨戸を次々と開けて移動する手際の良さと、大広間の中でも咄嗟に逃走経路である庭のある方向を探り当てた方向感覚を持っているというだけでも、曲者の腕前が相当なものだと推察できるだろうが、次左衛門はさらにその正体についてある可能性を見出していた。
「え、あの、お客様」
 ぼんやりとした提灯の灯を携えて大広間に入ってきたのが丁助であることは、その足音と声の野太さ、さらに一拍置く喋り方で判断できる。
「な、何かございましたか」
「丁助、行燈に火を付けろ」
「あの」
「訳は、部屋を明るくしてからだ」
「へ、へい」
 行燈や提灯に火を点けるのは手間が掛かるが、灯心の火を別の灯心に移すことは容易い。
 ぽぅ、と行燈から淡い輝きが放たれたが、その光に照らし出されたのは大広間のほんの一部分だけであり、次左衛門が立っている縁側の方では、星明りの方がまだ周囲を明るく照らしているくらいである。
「丁助、伊駒屋の人間を全て叩き起こしてここに連れて来い」
「は?」
「賊が入った」
「えっ」
「物盗りの類ならともかく、命まで取られた者がおるやもしれぬ。生きている者は全員、ここに連れて来い。一ヶ所に集まった方が安全であろう」
「は……はっ!」
 頭では理解しているものの身体が強張っているのか、動揺の気配とは裏腹にゆっくりと踵を返した丁助が、不意に「わっ」と悲鳴を上げた。
「お珊、どうしてここに!」
「なんか、こっちがどたばたと五月蠅かったから、何事かと思って見に来たんだすけど。丁助さん、何かあったんかね?」
「ど、泥棒が」
 説明しかけた丁助が、面倒だとばかりにお珊の背中に手を回して、大広間へと押す。
「いいからそのお部屋に入ってなさい。出て来るんじゃないよ」
「ここに?」
 押し込まれるように大広間に入ってきたお珊は、ひゃっと短い悲鳴を上げて尻もちをついた。
「お、お助けを、命ばかりは!」
「違う。拙者だ、高下次左衛門だ」
 次左衛門は苦笑しながら愛刀を鞘に納めた。冷静になって考えてみれば、旅籠の下女の前で抜き身のだんびらを構えていたのでは、こちらが賊と誤解されても仕方がない。
「お珊。この部屋に賊らしき曲者が侵入した」
「ふへっ!」
「拙者は盗まれる前に追い払ったが、お前の寝室では何か盗まれていたりはしないか?」
「そったらごと言われたって、わだすはこっちが五月蠅いから見に来ただけで、泥棒が入ったなんて知らねかったもんよぅ」
「そうか」
 もっとも、盗まれるほどの価値がある物をお珊が持っているとは到底思えない。
「お、お侍様、本当に泥棒だったんかね? 丁助さんみてぇに、鼠か蝙蝠を見間違えたとかじゃないんかね?」
「鼠や蝙蝠が、あれほど大きいものか」
 強いて挙げるとすれば猿だろうが、猿は雨戸を自分で開けてから逃げたりはしない。
「人獲って喰らう化け物だったりしないかね?」
「それすら、わからん」
 しかし、その類の化け物であれば、体当たりをくらった時に次左衛門は殺されていたはずである。傷つけ殺すだけの隙があったはずなのに殺さなかったのは、何故か。
「でも」
 お珊が何か言いかけたところで、丁助が伊駒屋の小僧二人を連れて戻ってきた。
「全員、無事でございました」
「おらぬではないか」
 夕食時に見た顔が見つからない。
「女将と、病床の主人はどうした?」
「あ、それが」
 難詰を予想していたのか、丁助はさして驚きもせずに視線を逸らす。
「旦那様は臥せたきりの身、女将さんは付き添いにより、こちらには来られぬと伝えてくれと……」
「それは困るな」
 次左衛門は、鞘のこじりでドン、と畳を突いた。
「拙者が困るのではない、伊駒屋の人間が困るのだ。何故ならばこの次左衛門、賊の正体は外ではなく内、即ち伊駒屋の人間ではないかと睨んでおる」
 身内に泥棒がいる、と言われた丁助は、提灯を持つ手とは別の手をぶんぶんと振った。
「や、そんな」
「下女ですら客が滅多に止まらぬと軽口を叩く旅籠に、偶然泊まった客を狙って賊が忍び込むものだろうか? また泊り客から思わぬ反撃を受けて逃亡する際、屋内だというのに、たちどころに庭のある方角を判断し、しかも暗闇で襖と雨戸を立て続けに開ける、などという離れ業が出来るものだろうか?」
 たとえ慣れていたとしても、至難の業である。
「それを確かめるためにも、拙者は伊駒屋の人間をここに集めたのだ。庭から外へ出て秘密の抜け道を使い素早く自室へ戻ったとしても、土を踏めば必ず足の裏に付着する。つまり足の裏に土が付いている者が下手人というわけだ」
「お侍様、旦那さんにゃ出来ねぇよぅ。なんせ、ずっと寝たきりなんだから」
「回復したことを隠しておるのかもしれぬ」
 隠す理由とは何か、万が一にも容頌公の会津入りに関係するのであれば、それを排除することが次左衛門の任務である。
「高下様」
 主の不実を疑われ、次左衛門に飛び掛からんとばかりに憤慨していた伊駒屋の人間が、全員その場で振り返ると、そこには幽霊と見間違えそうなほど青ざめたお千勢が、敷居の向こう側でじっと立ち尽くしていた。
「夜分にお騒がせして申し訳ございません。今夜の一件はすべて私ども、いえ私一人の落度でございます」
 そう告げてから、お千勢は次左衛門の立つ方へと進み出る。丁助ら奉公人は、誰に命じられたわけでもなくさっと左右に割れ、彼女の為の道を作った。
「つまり、女将が賊の正体だというのか?」
 しかし、寝間着姿のお千勢の足に土は付着していない。
「いえ。高下様にご迷惑をお掛けした者は、賊ではございません。伊駒屋で不寝番を務めております、小助と申す者にございます」
「不寝番とな?」
「あっはっはっは! 女将さん、何わけのわからんことを言っとるすかね」
 お珊が、突如としてけたたましい笑い声を上げた。
「小助って誰だべ。わだすもここへ来て長いけんど、そんな名前の奴はいねぇ。しかもそいつがいつも夜中にこの辺さ這い回っておったなんて、とても信じらんねぇだ」
「これでも信じられないかね?」
 声は、行燈のほのかな灯りにより照らされたお珊の背後から聞こえた。
 見る間に彼女の影がむくむくと膨れ上がり、小柄な男の姿へと変貌する。
「女将さんがばらしちまったんじゃ隠れても無駄だな。あっしが旦那の仰る賊の正体、那智黒小助だ」


「すべては私の責任でございます」
 夫の看病を丁助とお珊に任せたお千勢は、大広間に据え置かれた行燈の輝きに照らし出されながら訥々と語り始めた。
「五年ほど前のことでございます。病で床に伏せていた夫を看病するため、私が井戸の水を汲みに表へ出たところ、この人が庭に倒れていたのでございます」
「山ン中で、蝮に足首を咬まれたんでさ」
 那智黒の小助は、お千勢の傍らに付き従うように座り込んでいた。小柄ではあるが巌の如くがっしりとした身体つきであり、黒装束の中身が見せかけだけのものではない事は、彼の体当たりをくらった次左衛門が恐らくその場に居た誰よりも理解しているだろう。
「それを聞いた私は、すぐ傷口から吸い出して、人を呼んで小助の看病を任せたのでございます。幸いにも夫とは違いすぐに回復した小助は私どもに礼を述べ、自分をこの伊駒屋の不寝番として雇ってもらえないかと持ち掛けてきたのでございます。病が癒えぬ日々を送る夫の看病と伊駒屋の女将の兼任、さらには領内の不作とそれに伴う宿泊客の減少、加えて治安の悪化も囁かれる状況を過ごしながら不安を募らせておりました私ども夫婦といたしましては、これは渡りに船であると喜んでその申し出を受け、秘かに小助を伊駒屋で雇うことに決めたのでございます」
「しかし、不寝番というものは天井裏や縁の下を這い回ったりはしないと思うのだが」
「それは」
「あっしが、そうさせてくれと頼んだからでさ」
 小助がまた横槍を入れる。
「ここの御主人と女将さんがご存じなのは、ここまでだ。高下の旦那がお知りになりたいのは、あっしの素性と仕事の内容でございましょう。ま、答えられるところだけでも答えさせてもらいますよ」
 言いながら黒の頭巾を脱いだ小助の素顔を見て、次左衛門はあっと声を上げた。
 黒い。
 日焼けにより一時的に皮膚が黒くなることはあるが、小助の肌はそういう類のものとは明らかに異なり、墨や硯に近いような輝きを放ってさえいる。
「顔に、炭を塗っているんでさ」
 次左衛門の動揺を見抜いたのか、小助はふふんと鼻で笑った。
「念入りに洗えば落ちますが、地肌も黒いですぜ」
「何故、そのような真似を」
「正体が、わかりにくかったでしょ」
「む」
 また小助がくっくっと笑ったが、今度はお千勢が彼の股を軽く叩いた。
「それで、貴様は何者なのだ?」
「へえ。あっしは那智黒の小助。何者かと問われれば、ここの不寝番でして」
「その前は」
乱破らっぱ素破すっぱ奪口だっこう伺見うかがみ、草に軒猿のきざる、物見にかまり
「なんだ、それは?」
「その土地、その土地によって呼び名が変わっちまうんですな。いわゆる忍びの技に長けた者、故郷の村里にて幼い頃からその技術を叩き込まれた者」
「忍び」
 存在したという話は巷間に聞いているが、次左衛門にとって本物を見るのはこれが初めてである。
「……の、成れの果てでございます」
 小助は、にやりと口元を歪めた。歯には何も塗らなかったらしく、黒く塗られた口の周りとは別種の不気味な輝きを放っている。
「忍びの技術を持った人間が活躍できたのは、せいぜい大御所様が天下をその手中に収めた当日まででございましょう。それ以降の平和な世の中において、世間で忍びの技術が求められる機会など、ほぼ皆無。そのような機会があったとしても、ご公儀による秘密の調査や探索、一揆の鎮圧に用いられる程度で、これも少人数で事足りるわけですな」
「結構なことではないか」
 そう言いながらも、忍びの技術を持つ者たちの境遇にふと己の境遇を重ね合わせようとした自分に気がついた次左衛門は、慌ててその妄想を振り払った。
「それが、こちらとしてはそうもいかないのでございますな。昔は大名同士で争いが起こった場合、お互い平時から米などを送って支援していた忍び里から優秀な者を借り出して使役しておったのですが、平和な世の中になってしまっては、誰も里に支援などしてくれませぬ。仕方がないので、その里では忍びの技術を持つ者を育て上げるのは中止して自給自足に向かったわけですが、さて忍びの技を持っていても田圃を持たず耕し方も知らぬ者は次第に食にあぶれ、追われるように里を出なければならなくなってしまったのです」
「それが貴様か……盗む、ということは考えていなかったのか?」
「その技術を叩き込まれていると、里の誰もが知っているのでございますよ? 何か失せ物があれば、いつも疑われるのはあっしからでございました」
 それでは、逃げ出したくもなるだろう。
「どこにでも、往生際の悪い人間はいるものでございますなぁ。こ奴には自分の技術を受け継ぐだけ才能があるに違いないと、子供のうちから修行漬けにして徹底的に鍛え上げてはみたものの、出来上がった作品がいくら秀でていようが、世相に合わなければ無用の長物と判断され見捨てられてしまう。あっしなんか、その無用の長物を押し付けられたまま郷里から追い出されたようなものでございますからな」
 次左衛門は、小助の話を聞いているうちに耳と胸を針で刺されたかのような痛みを覚えた。決して他人事ではない。
「那智黒の小助と名乗ったのは、あっしの出自が那智黒石で有名な伊勢熊野の近くにあったってことと、あっしの肌の黒さを掛け合わせたからなんでございますがね。まあ、そんなこんなで里を追い出されたあっしは、食い扶持を求めて江戸に向かったんですがね、ここでも駄目だった」
「盗みを働いて島送りか」
「盗んでいる余裕なんて有りゃしませんでしたよ、旦那。江戸は江戸で、また違う味わいの生き地獄でござんした。江戸に居て良かったと思ったのは、あっしと似たような境遇の仲間に出会えたってことぐらいですかね。彼らから教わったのが、この不寝番という仕事だったのでございますが」
「似たような境遇とは?」
「そのままの意味でございます。あっしと同じように忍びの技術を叩き込まれた末に放り出された連中のことでございますよ。忍びの技術を密かに教え伝えていた里なんて、昔はそれこそ夜空の星の数にも劣らなかったそうでございますからな」
「つまり」
 次左衛門の声は、小助の身上語りに遮られた。
「結局、あっしは江戸からも追い出されるような形で北へと歩くことに決めました。その道中で蝮に咬まれ、こちらに転がり込んだのでございます」
 薄倖といえば薄倖であり、数奇といえば数奇な生い立ちである
「成程、貴様がこの伊駒屋に居る経緯は理解した」
 同時に、言葉にこそ出さないものの次左衛門は小助に同情し、また僅かながらも親近感さえ抱いていた。平和な世の中では役に立ちにくい技術の為に過酷な修行を強いられ、それがまともに通用せぬ世間に失望していたのは、決して自分だけではないのだ。
「それで、不寝番のやり方については誰に教わったのだ?」
「先ほども申し上げました通り、江戸に居た頃の、言うなれば同朋という連中からでございますな。あっしらのような人間は、真っ当な人生を送り普通に生活している人間よりも、夜間の活動に長けている。だから昼間は人目につかぬ場所で休息を取り、夕暮れ前に起床して活動します。まずは残飯を――」
「ちゃんとした、他の人と同じ食事です」
 お千勢が咎めるように口出ししてから、きっと小助を睨んだ。
「ま、残りご飯をいただいてから伊駒屋の周辺でおかしな動きがないか、ひとっ走りして探り、庭の手入れをして、泊り客が少なければ日暮れまで山に入って山菜を採ったり魚を釣ったりします。夜になりましたら旦那もご存じの通り、天井裏や縁の下、それと伊駒屋の周りを巡回して以上が起こっていないか確認するという手順を、朝まで繰り返すのでございます」
「客まで見張るのは、どうかと思うが」
「それが、そうでもないのでございます。あっしがここに勤めてからというもの、他の泊り客の荷を失敬しようという輩、路銀が尽きたので居直り強盗を企んだ輩、酷いものになると、単なる憂さ晴らしの為だけに付け火を行おうとした輩までおりました。どれも未然に手を打って事無きを得たのでございますが、いずれも放っておいては世の為人の為、こちらの為にならぬ連中でございます。そういう悪党はどこにでもいるもので、泊り客のいない時などはたまに遠出して、厄介事を引き起こしそうな要因を見つけたら排除しておりました」
(あれか)
 斎川の宿からこちらへと向かう街道から外れた山小屋の中に、生活の痕跡と数人分の骸骨が転がっていたことを、次左衛門は思い出した。
「そんなわけで、あっしは不寝番としてこちらに奉公させていただいている身でございます。それにしても、旦那も見事なものでございますな。こちらは元より江戸に居た頃でさえ、あっしの気配に気づくような手練れはそう相違なかったのでございますがね。それでは、特にこれ以上お聞きになりたいことが無ければ、これで」
 また影に身を潜ませるつもりなのか、那智黒の小助は小柄な体をさらに縮こませた。
「待て」
 次左衛門は、お千勢の陰にゆっくりと身を沈めかけた小助を止めた。
「まだ、何かございますので?」
「不寝番について、もう少し聞いておきたい。貴様にその仕事を教えた人間も、忍びの技を使うのだということは理解した。しかし、その男が過去にどこかの旅籠で不寝番を行っていたというのは、間違いない事実なのか?」
「真偽はともあれ、あっしはそのように伺っております。その男は一年近く同じ旅籠で不寝番を続けておりましたが、旅籠内での置き引き騒動を解決できず主人からの信用を失い、自ら旅籠を出て江戸に来たと申しておりました」
「その男に手抜かりがあった、というわけではあるまい」
「旦那は謹直な方のようだからお気づきでないかもいれませんが、不寝番が解決できないということは、その不寝番が疑われるのも已む無し、という意味なのでございますよ。なんせ、あっしらは忍びの技だけが得手でございますからね。一旦そっち側に転んでしまえば、盗むも殺すも造作ない作業なんでさ。その誘惑を堪えて仕事して、ようやく認められているに過ぎません」
「そういうものだろうか?」
「お侍様だって、そう変わったもんじゃござんせんでしょう。そのお腰に差しているものは人を斬る為ではなく、良民を悪から護る為にあるもの。そうでなければ、民百姓から年貢米を貰い受けての生活など、恥ずかしくてとても出来ますまい。領民の生活を支えているという誇りを持っているからこそ、それに見合うだけの余禄を受け取っているのではございませんかね?」
 次左衛門は、返す言葉を失った。
 当然のことであり、元服前から常に念頭に置いていた事柄でもあるはずなのに、思うままに剣の腕を振るえず鬱屈した日々を過ごすにつれ、次第に薄れつつあった認識だった。
「それだけの責任と危うさを抱え込みながらでなければ、とても他人に信用されぬ仕事でございますからな。信用は絶対でございます」
「他の職を探すことは考えなかったのか?」
「旦那。失礼を承知で申し上げますが、旦那から今のお役職を取り上げたら、お腰の大小以外に一体何が残ります?」
 剣の腕、という唯一の取り柄を先に封じられ返答に窮する次左衛門を見て、小助はまたにやりと笑った。
「手元に残された得手を上手く使いこなし、どうにか生きてゆくしかないんでさぁ」
「それも、わかった。それで、かつて旅籠の不寝番をしていたという男との付き合いは、今でもあるのか?」
「いえ。あっしが江戸を離れてからは、顔を合わせるどころか風の噂も聞き及びませなんだ」
「その男の名前は?」
「知りません」
「知らぬ?」
 次左衛門は唖然とした。自分の才能と技術を活かして生き抜くための知啓を授けてくれた、言わば恩人とも呼べるはずの人物の名を知らぬというのか。
「一度だけ聞いてみたのですが、教えてもらえませなんだ。ならば、向こうが言わぬことをこれ以上聞き出そうとするのは失礼というものでございましょう。とはいえ、あっしも自分が那智黒の小助であると言った覚えは無いので、まあお互い様ということなのでしょうが」
「ならば、別のことを聞こう。貴様がここで不寝番を続けていたことを知っている人間は、主人の伊駒屋曽兵衛と女将のお千勢以外に、どれほどいるのだ?」
 少なくとも、小助の存在を頭から信じようとはせず、目の当たりにして仰天していたお珊は既に除外している。
「伊駒屋の中では、丁助ぐらいでしょうな。あれは、頭と動作は鈍いが口は堅い男で信用できます。それと通いで飯を作りに来ている婆さんも、薄々感づいているようですな。普段から客もいないのに一人分多く飯を用意したり、その材料となる珍味が知らぬうちに用意されたりしているわけでございますから」
「山海の珍味は、女将が用意しているものと聞いたが?」
「病で臥せてばかりの亭主を看病するだけでも手一杯の女将に、そこまでの準備は困難でございましょう。あれもやはり、あっしの同胞と呼べる連中が、江戸を出てから方々で売り捌くことを生業としているのでございます。そ奴らとも時折情報を交換し、何処の宿でどんな事件が起こったか、どの旅籠であっしと同じような不寝番が雇われたかとか、あの街道に追い剥ぎが出で物騒になったとか、そういう話を聞いているのでございます」
 それだ。
 その情報が聞きたいのだ。
「小助。貴様は今、どの旅籠で不寝番が雇われたという話を聞いている、と言ったな」
「ははっ」
 頷くだけで良いのに、何故か小助は畳に両手をついて恭しく一礼した。
「その旅籠の名を教えてもらおう。全部だ」
「嫌でございます」
 寸毫の迷いも無い反撃に面食らった次左衛門の眼前で、ゆっくりと面を上げた小助が黄色い歯を剥き出した。
「嫌でございます。たとえご公儀による詮議せんぎの場であろうと、この那智黒の小助は同じ境遇の仲間を売るつもりはございませぬ」
「捕らえるつもりは無い……だが知っておかねばならぬ」
「何故、お知りになろうとお考えに?」
「公儀に知らぬことがあってはならぬ。ましてや公共の旅籠での監視役などというものが存在したのでは、日頃から領内を巡回し平穏を守護しておる公儀の面目が失われてしまうではないか。何より、その不寝番らが職務にかこつけて悪事を働く、あるいは旅籠を裏切るような行為に及ばぬという保証がどこにも存在しない以上、公儀がそ奴らを管理しなければ、有事の際にそ奴らを取り逃がしてしまうことになるではないか」
「それは、有難迷惑というものでございます。それに我々、天井裏の不寝番を管理する手間よりも、ご公儀のまいないの流れを管理する手間を費やした方が、よっぽど世の為人の為になるとあっしは考えますがね」
「それこそ、いらぬ懸念というものだ」
 次左衛門の胸中に生じていた小助への憐憫や親近感は、たちどころに霧散した。
 公儀の目が行き届かぬ秘密や組織が存在してはならぬという次左衛門の考え方は断固として揺るがない。確かに宮仕えの中に蔓延る悪慣習や事なかれ主義には辟易しているが、天下の民の暮らしを守っているのが公儀であることは疑う余地が無いし、有事の際の規範と裁定基準は公儀が制定した法により成り立っている。もし秘密裏の組織が公共の理念に適したものであったとしても、長く維持し続けていれば必ず綻びやいざこざが生じる。その揉め事を収めるのは公儀の法であるし、そうでなければならない。最低でも公儀の息が掛かった人間が常に把握していなければ、組織の規律は身勝手な掟の暴走にしかならないのである。
「知っておるのだろう。残らず白状せよ」
「そう言われては、増々白状できませんな。あっしらのような不寝番にとっては、雇い主である旅籠との信頼関係が第一。あっしの口から洩れた情報が他所の旅籠や不寝番にご迷惑をかける結果になるのは願い下げでさ」
「ならば、伊駒屋の人間を代官所に突き出すことになる。無宿人を匿い、泥棒紛いの行為を続けていたと言えば道理はつくだろう」
 意気高に宣言したものの、御供番に過ぎぬ自分にその権限が無いことぐらいは、次左衛門が誰よりも理解していた。精々が自ら代官所に訴え出るぐらいしか手立ては無いのだが、それですら代官に信用してもらえるかどうかという問題になると、非常に疑わしい。
 江戸に戻ってから改めて調べ上げるという手もあるのだが、その間に小助に逃げられようものなら、一切の手がかりを失ってしまうだろう。
 だが、この脅しは小助以外に効き目があった。
「小助さん」
 それまで押し黙っていたお千勢が、困惑と決意の入り混じった眼差しで小助に青白い顔を向けた。
「どうしてもというのであれば、私がそのとがを負います」
「とんでもねぇ。女将さん、それはいけねぇ」
 小助が、初めて動揺を面に出した。
「女将さんやご主人に迷惑をかけたとあっては、この那智黒の小助、これ以上伊駒屋に留まっているわけには参りやせん。そうかといって、仲間を売るわけにもいかねぇ。さてどうしたものか……」
 いきなり立ち上がった小助は、太く短い指で頭を掻きむしりながら行燈の周りをぐるぐると歩き回り、やがてその影に重なるようにどっかと腰を下ろした。
「旦那。あっしの気配を察した客は旦那が初めてなら、そのあっしを夜空の下に引き摺り出したのも旦那が初めてだ。見たところ、相当な腕前をお持ちのようだが」
「真新陰流を学んだ」
 言ったところでわかるまい。
 そう思いながらも、何故か次左衛門は己について語っていた。
「その真新陰流の腕前、表向きのごたごたでは十全に振るえるものではございますまい。ひとつ、あっしと勝負とまいりませんか?」
「なんの勝負だ」
 問うた次左衛門は、はっと息を呑んだ。
 行燈の影に隠れるように座っていたはずの小助の姿が、其処そこに無い。
 背後から、ぽんと肩を叩かれた。
「旦那もご覧になったのでございましょう、庭の土饅頭を」

 

 愛刀、陸奥長道を一晩で二度も抜いたのは、いつ以来だろうか。
 片膝をつきながら振り向きざまの抜刀は、しかし小助の頭上で交叉した三対の棒に易々と受け止められた。棒は、右手と左手に貼り付いた金属製の手甲から三本ずつ生え、いずれもその先端は獣牙の如く鋭い刃物となっている。
「あっしの得物、手甲鉤でございます。旦那のような武人相手にこのような玩具では役不足かもしれませんが、そこはどうかご寛恕を」
「役不足と思うのならば、貴様も刀を使えば良かろう」
 不思議なことに、いくら力を込めても鉤爪の交叉は微動だにしない。
「あっしら下々の者が刀を差すのは御法度でさ。それに、旦那みたいな達人を相手にするのだから、使い慣れた獲物の方がまだ勝ち目があろうってもんです」
「その思うのは貴様の勝手だ。それで勝負というのは?」
「今やっていること、そのままでございます。旦那が勝てば、あっしは仲間の情報を白状いたします。その代わり、あっしが勝ったら、旦那は庭の土饅頭の仲間入りをしてもらいますぜ」
「仲間入り?」
「先程も申し上げた通り、この旅籠で悪事を働こうとした連中は少なくねぇ。その成れの果てでござんすよ」
 鉤爪がするりと外れ、勢い余って前へとよろけた次左衛門は刀を引きながら小助の姿を追おうとしたが、彼の姿はもとより影も気配も伊駒屋の大広間から消え失せていた。
「庭でございます」
 背後で女の声がした。
 お千勢だ。
「申し訳ございません。今すぐ止めるよう、小助に」
「及ばぬ」
 言って思い直すような性格であれば、元から勝負を挑みはしない。
 ましてやお千勢の制止では、それこそ火に油だ。
「手足の一本なり奪い取ってでも喋ってもらうぞ、小助」
 次左衛門は陸奥道長の鞘を投げ捨て、縁側から庭へと飛び出した。
 月も星も雲に隠れ、辺り一帯は茫乎とした闇に覆われている。
「どうした小助。潔く姿を見せて堂々と勝負せんか」
(それは旦那ら侍の戦い方であって、あっしら忍びの戦い方ではありやせん)
 声は、暗闇の中から囁くように聞こえるばかりで、小助の居場所までは判別できない。
 主君である松平容頌公の会津入りに先立ち、道中での危難を事前に排除するという任務を遂行し続けてきた高下次左衛門だ。裸足で土を踏みながらの戦いも、寝間着に大小を差しての剣戟も、闇夜下の交戦も経験済みである。暗闇に目が慣れるまでは自分から動いて隙を作るような真似はせず、相手の気配と出方を伺う方が無難であることぐらいは承知している。
 さらに背後を取られぬようにと壁に背を向けようとしたところで、長年の修行で練り上げられた能力とでも呼ぶべき直感が、ぐいと腕を引くかのように次左衛門の身体を反射的に翻させた。
 ほぼ同時に屋根の鼻隠しから落下した小助の鉤爪が、次左衛門の鼻先を掠める。
(惜しい)
「くおっ」
 袈裟斬りに振り下ろされた一刀をかわした小助は、縁側に跳び乗るや一気に跳躍して屋根瓦の上へと飛び移り姿を消す。
(腕も良ければ勘も良い。やっぱり旦那はここで死なせるには惜しい御仁だ。どうです、ここは諦めて引き下がっちゃいただけませんか?)
「悪いが、貴様らの存在を知ってしまった以上、その選択は有り得んのだ。どうあっても報告せねばならぬ」
 刀を八相に構えた次左衛門は、闇からの囁きに反論した。
(たいした手柄にもなりゃしないでしょう)
 雲が晴れ、月明かりが伊駒屋の庭先を朧げに照らし出す。
(旦那の剣の腕前は、平和な世の中で守りに入った連中と茶を摺り合っていたのでは腐る一方です。あっしらみたいな人間を知った上で手を組めば、旦那が本当に望んでいた生き方が実現できるかもしれやせんぜ)
「黙れ、拙者はこれで良いのだ」
 がらり、と音を立てて屋根から飛び降りた小助めがけ、次左衛門は刀を振り下ろす。
 切っ先が間違いなく小助の身体を捉えたことに会心の笑みを浮かべたが、次の瞬間にはそれが驚愕の表情に変わった。
 人の胴ほどもある丸太に刀身を食いこませた陸奥長道の峰を、後を追うように着地した小助が、手甲鉤の爪と爪との間に差し込むようにして上から押さえつける。
 そして――
「忍法、爪弾き」
 大槌で金属を叩いたかのような甲高い音と共に名刀、陸奥長道がいとも容易く両断された。
「あっ!」
 叫びながらも、それまで陸奥長道の柄を握っていた右手を離して脇差を抜き、水平に切りつける次左衛門。
 しかし切っ先は虚を薙いだだけに終わり、その場から跳び退いた小助は背後の庭木の枝をつかんでぶら下がる。
 手甲鉤という兵器は、見た目以上に厄介な存在だった。多少の不自由はあるものの、装着したままでも両手が空いているという利点は、小助のように機敏ですばしっこい者とは恐ろしく相性が良い。
(旦那、一つ朗報をお届けしましょう)
 小助の影が大木の枝から根元に生えていた茂みに飛び移ると、また声が聞こえた。
(今しがた、あっしが隠れていた鼻隠しに業物らしい一振りを用意しておきました。ご自由にお使いくだせぇ……取れるものなら)
 罠であるのは言うまでもないが、しかし無視して脇差で対処できるような相手ではない。
 鼻隠しへと駆けた次左衛門は、振り向きざまに虚空めがけて脇差を投げつけてから頭上に手を伸ばした。
 鞘の硬い感触。
 下ろした左手には、確かに打ち刀が握られていた。
 次左衛門によって抜き放たれた刀身には、罠と思えるような小細工らしい小細工は施されておらず、むしろその切れ味を試してみたいと思わせる蠱惑的な魅力さえ内包していた。
(本当に取りに来るとは思わなんだ)
「本当に置いてあるとは思わなんだ」
 言い返しながら鞘を投げ捨て、中段に構える。
「何故、これを使わず拙者に寄越した?」
(申し上げたでしょう。使い慣れた獲物の方が、まだ勝ち目があるって。それに、あっしは自分が手に掛けた奴の遺品を使う気にはなれねぇし、得物を壊すのは卑怯だと地獄で罵られたくもねぇ)
「罠を仕掛けておいて、よく言う」
(それを察して先に潰した旦那が仰いますかね)
 やはり、背後から襲い掛かる腹積もりだったのか。
 月が、また雲隠れした。
 しかし、この間に小助が仕掛けてくることはないと次左衛門は確信している。
 再び月が姿を現したその時、正面から凄まじい勢いで突進してくる一迅の影。
 それを予期していたかのように一歩踏み込み、その影を縦一文字に叩き斬った次左衛門は、間髪入れずに踵を返すや否や、背後から襲い掛かる小助の身体を下から上へと斬り上げた。


 峰打ちとはいえ、もう一度使えば刀身が折れるのではないかと思えるような一撃である。
 躍りかからんと両手の鉤爪を振り上げていた小助は、さながら正坐するかのような体勢で地面に両膝をつき、うつ伏せに倒れた。
「……お強い……」
「未熟だ」
「……あえて斬らずに打つ。あっしの口を割る為に…そこまで手加減し、しておいて…その言い草は無いでしょう」
「それが未熟だというのだ。秘剣、薄羽。そこまで複雑な技ではない」
 正しくは、最初に振り下ろした時点で刃の向きが上下反転するように握り変え、刃を上に向けたまま斬り上げるのが「薄羽」である。次左衛門が知る限り、この「薄羽」を仕損なわずに使いこなせる人間は世間に彼の師匠唯一人きりであり、彼自身は踏み込んでからの反転の動作が間に合わず、長年修行を続けても結局は習得できなかった。
「未熟ゆえ、斬るに至らなかった。それだけだ」
 峰打ちでも肉は裂け、骨は砕ける。手傷を負わせたことに変わりは無い。
 現に肋骨から胸骨、鎖骨の辺りまでを強かに打ち据えられた小助は、屈んだまま動けずにいるのだ。
 小助の動きには、あるいは本人すらも気付いていないかもしれない癖があった。
 まず身代わりを用意するなどの手段で正面から攪乱し、そちらを攻撃した相手の隙を突いて背後から襲い掛かる。大広間で肩を叩かれた時も、まずは影に身を潜めながら移動することで次左衛門の虚を突いてからの行動だった。
 攻撃に一定の法則が存在するのであれば、その裏をかいて行動すれば良い。そう考えた次左衛門は、背後から小助が襲い掛かってくることを予測したうえで正面の敵――こういう事態を想定して飼っていたらしい蝙蝠を叩き斬り、すぐさま「薄羽」を使ったのだ。
「小助さん!」
「来るな、女将」
 深手を負った小助を介抱しようと思ったのだろう。縁側から庭へ出ようとしたお千勢を抜き身の刀身で牽制した次左衛門は、二人に背を向けたまま蹲っている小助の名を呼んだ。
「小助。拙者が勝った以上、潔く貴様の知っておる天井裏の不寝番共と、そ奴らが住み着いている旅籠の名を残らず白状してもらうぞ」
「……それには及びませんぜ…旦那」
「小助?」
 月明かりに照らされる小助の下半身から溢れ出た液体が、たちまち彼の足下を黒く染め上げる。
「小助!」
 近づくなり小助の肩を掴み、仰け反らせるようにぐいと自分の方へと引いた次左衛門は、あっと声を上げた。
 手甲鉤の鉤爪が、左右いずれも小助の腹部を深々と刺し貫いていたのだ。
 自害、いや忍びなりの切腹である。
「これで……あっしからはもう何も聞き出せませんな……こ、この那智黒の小助、郷里と江戸で散々に辛酸を嘗め尽くした身……同じような境遇で、それでも地方で細々とふ、不寝番を続けねばならぬ……同胞を裏切るような真似は、ぜ、絶対に出来ないんでさ」
「小助」
 次左衛門の視線は、瀕死の小助から、面を蒼白にして震えるお千勢へと移っていた。
「裏切れなかったのは、同胞だけではあるまい」
「言うな」
 その呟きを今際の言葉として、那智黒の小助は事切れた。


 翌朝、手掛かりを完全に失った高下次左衛門は、見送る者もおらぬ伊駒屋を早々に出立し、江戸へと向かった。
 江戸に戻った次左衛門の報告は上々の評価を受け、彼はまた鬱屈で肩身の狭い御供番に戻された。
 一応は、小助のような天井裏の不寝番について上申してみたものの、何の音沙汰もなく時間だけが無駄に流れていくうちに、奉行の下で働く小者の一人から奉行と御目付との会談の中身を聞き出す機会を得た。
「旅籠が雇う天井裏の不寝番などというものは、報告者の見間違いに過ぎない」
「もし仮にそれが事実であるとしても、旅人の安全を保障する要素がより確固たるものになるだけであり、当藩には何ら憂慮する懸案にはならない」
「そもそも目撃報告があったのは宿場ですらない旅籠である。本陣でもない木賃宿まで監査する余裕は今の当藩には無い。また、他藩に注意喚起するには内容が荒唐無稽であり、かえって当藩の家名に疵を付ける結果に終わる恐れがある」
 失望した次左衛門は、後に松平容頌公の御供として会津入りした。
 護る者が絶えた伊駒屋が盗賊の襲撃を受けて皆殺しにされたという話を聞き、かつ廃墟と化した伊駒屋の無残な姿を目の当たりにしたのは、その道中のことである。

                              (了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?