いい塩梅、のバランス、取れてる?
日頃、「バランス」というものを
意識して過ごされているでしょうか?
仕事柄、木の理解者、味方でありたい、
と願って仕事をしてきました。
が、気づいてみると、
それが行き過ぎると、
人と敵対してしまいます。
すると、大切にしたかった木が
大切にしてもらえなくなる。
だから、最近では、「木を大切に」から
「木も人も」に変わってきました。
で、妥協点を探る、
ということをやろうとします。
最近のテーマは「木を守る人を、守る」。
日本には、いい塩梅、
という知恵ある言葉がありますが、
やってみると、
これが、なかなかむずかしい。
人を守るために、事故を防ごう、
という意識は必要ですが、
それが強すぎると、
弱点をかかえた樹木を保存することは
後回しになりがちです。
ですが、目指したいのは、
「木も人も」。
木や森を粗末に扱うと、
回り回って人間に返ってきます、
それで人が困ったことになることも
わかっているので。
だから、日々、
どこが、ちょうどよいバランス?
というのを模索しています。
バランスを取るのが上手、
あえて意識しなくても自然にできる、
というタイプの方もおられると思うので
見習いたい、と思っております。
で、今日は別の角度から、
バランス、というものを
考えさせられました。
最近、サクラの巨木を見上げていて、
「なんか、すごく、うれしそうな顔!」
という、意外な自分に遭遇しました。
で、SNSの写真を
そのうれしそうな表情に変えました。
前に使っていた写真は古かったのですが、
別のに変えると、いつも不評なので……
本人は、最近の、自然な笑顔の表情だから、
ま、いいんじゃない、と思っていました。
ですが、頂いたコメントは、
カメラ目線でないのが、ちょっと、
でした。
そこで気づきました。
自分で、これは自分のいい写真だ、
と思うものは、
他の人からは、いいと思われない。
過去にもそういうことがあったな、と。
昔のことになりますが、
ちょっと思い切ったことをやり
ビギナーズ・ラックで、
取材を受けました。
で、はじめて、
女性誌に載せてもらうことに。
そのとき、プロのカメラマンさんに
たくさんの写真を撮ってもらいました。
あとで、ポジを何枚か頂いたのですが、
自分がもっとも気に入ったのは、
ごく自然体で、遠くを見ている、
カメラ目線でないの。
ですが、編集者が選んでくれて
載せてもらったのは、
顔全体で、めちゃくちゃ笑っていて、
しわくちゃの、
でもカメラ目線の表情の写真。
えー、これよりも、
遠くを見ている方がスキなのに、
と本人は思いました。
その件では、お師匠さんに
本人と他人の評価は違うもの、
といわれました…
確かに。自分と他者とでは、
評価基準が異なります。
それを思うと、いつでも、
自分なりの判断、に加えて
他者目線も取り入れて、
バランスを取ろうとすることが
大切なんだなあ、と思いました。
人の評価ばかり気にすると
本質からずれていく気がしますが、
といって、
人の評価をスルーしすぎると、
社会性が失われます……
ここで、目線を木に移すと、
木は、その形を読み解くと、
バランスを取ろう、取ろう
として形づくりをしている
ことがわかります。
こういうバランス取りは、
「自己最適化」と呼ばれています。
が、環境要因が刻々と変わるので、
いつでもバランスを
取り直す必要が生じます。
で、いったん最適化した形を、
また最適化し直す。
ちょうどよいバランス地点は、
一時も静止していないんですよね。
悩ましいテーマですが、
木の生きる姿を眺めつつ、
ちょうどよいバランスは?
と探るチャレンジは、
続けていく価値がありそうです。