子ガッパのコンチと赤い帽子
これは、ほんとうにあったお話で、ついこのあいだの出来事です。
ある川に、今でも(数は少ないのですが)カッパたちがひっそりと暮らしています。
ずっと昔、そう、まだカッパと人間が友だちだったころには、河原でカッパと少年がすもうをとったり、川で泳ぎくらべをして遊ぶ姿がよく見うけられました。大人たちも月夜の晩に、お酒をくみかわしながら、歌ったり踊ったりしたものでした。
でも、そんなことを知っているのは、長老カッパだけで、子ガッパたちは、川の中の暮らしにあきあきしています。川面をうかがったり、ちょっとだけ川の中から顔を出しておかの上の世界をのぞいたりしています。
「ああ、おいらもあの男の子たちといっしょに遊びたいや」
子ガッパのコンチは、キンキン声で母さんガッパにたのんでみるのですが、ゆるしてくれません。
「それだけはおよし。長老がいつも言っているだろう。人間はこわいって。売りとばされて見せものにされるよ」
母さんガッパは、吸盤のついた手を顔の前でひらひらさせながら言うのです。
(ほんとうにこわいのかなぁ?)
コンチは思うのです。なぜなら、川の土手を通って小学校に通う人間の子どもたちを見ていると、いつも楽しそうでなかよくなれそうな気がするからです。
ある日、子ガッパのコンチは、大人のカッパがでかけているとき、おかに上がる決心をしました。コンチはカッパであることがばれないように、人間の子どもに化けました。といっても、変身は得意ではないので、よく見れば、頭のお皿でカッパだと気づかれるはずなのですが・・・。
コンチはヒョコヒョコととても軽い足取りで、土手の道を小学校の方へ向かいました。水中で感じるよりかなり重たいからだを、風はここちよくつつみこみます。
途中ですれちがったおばさんが、コンチをしげしげと見るので、コンチはにっこりして、「こんちは」とペコリとおじぎをします。すると、おばさんはあわてて「あ、こんにちは」と返すのです。
コンチは(ほうら、うまくいった。ちっともこわくなんかないや)とうれしくて、クククと笑いました。
小学校の校庭に行くと、男の子と女の子がいっしょにサッカーをして遊んでいました。
コンチは仲間に入りたいと思いながらそれを見ていました。
(ふんふん。味方どうしでボールをけって運びながら、あの四角いアミの中に入れるんだな。かんたん、かんたん)
そう思っていると、「ああっー」という子どもたちの大きな声がして、ボールがコンチの方をめがけて飛んできました。
危ない、顔面直撃・・・だれもがそう思いました。
ところが、その一瞬、みんなは信じられない光景を見ました。
ボンッ。シュルシュルシュルルルルー。
ボールはコンチのおでこにはねかえり、大きな放物線を描き・・・ゴールにドスッ。
「キャー、すごい」
女の子たちがすぐに反応すると、あっけにとられていた男の子たちも口々に叫びました。
「スッケー。うまい」
「ナイスシュート」
「ナイスヘヂング」
拍手と歓声にむかえられ、コンチは人間の子どもたちにすっかりなじんでしまいました。
子どもたちに受け入れられると、今度は質問ぜめです。
「きみ、どこのサッカーチームなの?」
「名前はなんていうの?」
「見たことないけど転校生?」
「ね、どこから来たのよ」
コンチはとまどって、「おいら、コンチ」とだけこたえました。緊張していたので、いつもにましてキンキン声でした。水の中と違って、それはとても金属的に聞こえました。
子どもたちのうちの赤い帽子をかぶった男の子が、言いました。
「おまえ、カッパなんだろ」
コンチはドキンとしました。ほんとうに、心臓が飛び出るかと思ったくらいです。青白い顔がますます青くなっていきました。
コンチはこわくてうつむいていると、みんなは「ああ、そうか」とあっさり納得して、よろしくというのです。
そうして、コンチと子どもたちは、いっしょにサッカーをして遊びました。コンチの活躍は言うまでもありません。走るのも速く、ジャンプ力もコントロールもすぐれています。まるでプロの選手が一人まじっているようです。ただ、体力はそれほどないのか時間がたつにつれて、コンチの動きがにぶくなってきました。
西の空に夕日が落ち始めるころ、とうとうコンチはふらふらになり、バタリと倒れてしまいした。
「たいへんだ」
「だいじょうぶ?」
「しっかりして」
みんなは、ぐったりと倒れたコンチのまわりに集まって、心配そうにのぞきこんでいました。二人の女の子が、職員室に残っている先生を呼びに行きました。
しばらくして、メガネをかけた背の高い男の先生がやってきました。
「どれどれ」
先生はコンチを見ると、ビックリした様子で、小さくアッと叫びました。そして、なにか言おうとしたのですが、子どもたちの心配そうな顔を見ると、黙ってコンチを抱きかかえました。
先生はコンチを抱いたまま、すたすたと歩いていきます。みんなも先生のうしろにぞろぞろとついて行きました。
水飲み場につくと、先生はそっとコンチを寝かせました。
そうして水道の蛇口をおもいきり開け、水を勢いよく出すと、先生は自分の手に水をすくい、コンチの頭のお皿に水をかけました。何度も何度もそうしました。
るとどうでしょう。だんだんと、コンチのからだがもとのように青白くなり、熱が引いていくのがわかります。子どもたちは目をまんまるにして、その様子をじっと見守っています。
頭が水びたしになるくらい、水をかけられたコンチは、そっと目を開きました。
「気がついたか」
先生はほっとしたようにつぶやきました。みんなも「よかった、よかった」と喜び合いました。
顔にしずくをたらしながら、コンチは立ち上がり、すっかり元気を取り戻し、ケロッとして言いました。
「おいら、のどがカラカラ」
ほっとしたみんなは、
「なんだよ、心配かけやがって」
「そうよ。びっくりさせるわね、まったく」
とわめきながらも、自然と目に涙を浮かべるのでした。
先生は、大きな手にまた水をすくって、コンチに飲むように言いました。
コンチは先生の手の中から、子犬のようにとてもじょうずに、おいしそうに水を飲みました。頭のお皿はうるおって輝いていました。
とっぷりと日は落ちて、夕焼けが空を染めていました。みんなのほっぺもまっ赤です。
「もう帰らなくちゃ」
コンチがキンキン声でさよならを言いました。
赤い帽子をかぶった男の子が、その帽子をぬいで、コンチに差し出しました。
「今度ここに来るときは、この帽子をかぶっているといいよ」
「わーい。これ、おいらにくれるのかい。うれしいな。ありがとう」
コンチは赤い帽子をかぶってみました。ちょうどぴったりです。みんなもコンチのはしゃぎぶりを見て、とってもうれしくなりました。
そして、みんなは「じゃあね」「また来てね」と、ヒョコヒョコと歩いて行くコンチにさよならしました。
ふと、コンチはふり向いて、赤い帽子をくれた男の子に大声でたずねました。
「なあ、おいらがカッパだって、どうしてわかったのかい」
男の子は笑って大声でこたえました。
「むかし、カッパってあだなのサッカー選手がいたんだよ。インターネットでみられるよ。おまえによく似ている・・・シュートのじょうずなところも」
コンチはうなずいて、またヒョコヒョコと歩き出しました。
先生は、先生っぽく「このことはだれにも言わないように」と注意しようと思いましたがやめました。きっと、言ってもだれも信じてくれないでしょうから。