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【短編小説】ぼくのこえ
これの続きっぽい感じのものですが、単発でもふわっと5分もあれば読めます。暇さえあれば文字を読んでしまう人にオススメです。
個人的な好みから、PDF版も貼っておきます。紙の小説読みさんにはこっちの方が読みやすいと思います。
以下、本編です。
「あそぼ」
ある日の夕暮れのこと。いつも通り文芸部でだらだらと過ごし、時音との帰り道、寂れた公園近くで声をかけられる。
幼い少年の声だろうか、姿は見えないが確かに聞こえた。
「あそぼ」
ちらりと時音を見れば、半場諦めたようにため息を吐いていて、どうやらいつもの怪異らしい。
私は高坂白音。時音からは「メリー」と呼ばれている。
私自身に特別な力はないが、隣でだるそうに肩を落としている時音には異能があって「真と偽を判断する力」と聞いている。
そんな彼女に恋を知らない私は恋していて、その想いを隠している、説明終わり。
私自身も詳しく彼女の力のことを知っているわけでもなく、せいぜい「相手の吐いた嘘がわかる」とか「心を読むことができるような気がする」とか、そんな曖昧なイメージで彼女を捉えている。詳しく聞いても答えてはくれない気がするし、下手に突っ込めば私の隠し事を暴かれてしまう気がして。
そんな彼女の能力の副作用か、時音には「この世界のものではないモノ」が見えるらしい。これについても詳しい説明は受けていないから、半分は私の推測。ただ、どうやら見えている世界が違う、というのは薄々感じていて、ちょうど私の目の前の空間に目をやって、「そこ」とだけ言って指さしている。
「あそぼ」
また、子供の声だ。副作用は私にも影響を及ぼすらしく、彼女といるときはおかしな事が起こりがちだ。例えば今みたいに、見えない誰かの声がする、とか。
「子供?」
「あるいは」
答えになっていない答えを返して、「仕方ない」と諦め口調で呟き「何して遊ぶ?」と膝を折って、何もないはずの空間に、時音が話しかける。視線あわせをしている辺り、本当に子供の姿なのかもしれない。
「かくれんぼ」
ちゃんとレスポンスが返ってきた。私からは相手が見えないかくれんぼ、というのはあまりにも不公平ではないだろうか。断固、拒否させていただきたい。
「いいよ」
私の了承を得ることもなく、時音は一度頷いて「じゃあ私が鬼ね」と、後ろを振り返り、数を数え始める。どうやらかくれんぼはもうスタートしているらしい。
「隠れなきゃ、おねえちゃん」
見えないものに手を引っ張られる感覚がして、足がもつれる。温かさも冷たさもない、奇妙な感覚だ。
「・・・・・・どこに?」
というより、一緒に隠れるの?
「こっち」
何者かに導かれ、進んだ先には今時珍しいドーム型の遊具。いくつか穴が空いていて、一番大きな穴からは中に入れるようになっているらしい。
ぽっかりと口を開けた暗闇の中に、徐々に薄暗くなってきた今の時間、入っていくのは少し勇気が必要だが、まあ時音ならすぐに見つけてくれるだろうとタカをくくって入り込む。
夕日が入り込んできているせいか、中の空間は意外と明るく、ちょっとした秘密基地のようだ。
天井も低いので、立った姿勢でいるのは辛いと、ハンカチを敷いて地面に座り込む。土の冷たさが直接お尻に伝わってきて、長時間は辛いなと思う。
「もういいかい?」
数を数え終わったのか、律儀に確認を取る時音。
「もういいよ」
幼い子供の声。
ふと見えない相手と一緒にいるというのも、怖いなと思う。
彼は・・・・・・彼女かもしれないが、俗に言う幽霊というやつで、見えなくて良かったと思う反面、声連れられてついて行く、というのは結構マズいのでは、とも思う。よくある怪談話で、無鉄砲な人間の末路は、大体ろくでもないことになるのが定番だ。
「みーつけた」
自分の末路を考える暇もなく、ドームの入り口から覗き込む時音の姿。逆光で影になっているが、爛々と紫色の右目が輝いているのがわかる。その右目は、こういう「正解」もわかってしまうものなのか。
「みつかっちゃった」
悔しそうな幼い声が隣から聞こえて「みつけてくれてありがとう」と声が続く。
「ばいばい」
ふっと風が吹いて、急に静けさが襲ってくる。夏の終わりとは言え、まだヒグラシが鳴く季節。何の音も聞こえてこないのは、よく考えなくてもおかしい。
「帰ろっか」
「・・・・・・もしかして、結構ヤバかった系?」
「どうだろうね」
くすりと含み笑いをして、時音が右手を差し出してくる。その手を取って、彼女に引っ張られる形でドームから飛び出す。透明な膜のようなものを突き抜けた感触がする。
「お腹空いたな」
「相変わらずのんきね」
公園を抜けて、いつもの帰り道を行く。街路樹からはカナカナと蝉の声が聞こえ、過ぎゆく夏を感じさせてくれる。
「今日の晩ご飯は?」
「ハンバーグ」
「・・・・・・ミンチ肉の気分じゃないなぁ」
「じゃあ魚にする?」
彼女がその目で何を見ているのか、私にはわからないし、どんな世界に生きているのかもわからない。
私にできるのは、ただ彼女の隣にいて、恋心に気づかないふりをし続けるだけ。それだけが、真実を見抜いてしまう彼女に対してできること。
時音が求めているのは恋人じゃない、ただそばにいてくれるだけのパートナーだから。そこに好意なんて必要ないのだ。
だって、いつか好意が消えてしまった瞬間さえ、彼女にはわかってしまうはずだから。
「メリーは私を好きにならないでね」
それは彼女からのプロポーズであり、私の罪に対する罰。
「あたりまえでしょ」
私は恋を隠す。少しでも長く、この恋を続けるために。
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