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ポランスキーが描く、間借人の居心地悪さ

 例えばこの映画に、ユダヤ人ピアニストとナチス将校の心の交流を期待していたら、がっかりすることは間違いない。
 美談でも、感動的な物語でもない。涙を流す場面なんてほとんどない。
 映画『戦場のピアニスト』は、徹底的に「居心地の悪さ」を描いた、ロマン・ポランスキー流サスペンス映画だと思う。

 物語は、主人公であるピアニスト、W・シュピルマンが、ラジオ放送のためにピアノ演奏している場面から始まる。突然の爆撃。ふとした瞬間に落ちる爆弾の唐突さが滑稽ですらある場面だ。ポーランドへのドイツ侵攻も、ユダヤ人のゲットー収容も、大した起伏なく描かれる。ハリウッド的ドラマチックさを求めている観客はおそらく肩透かしをくらうだろう。

 ゲットーに収容されてからの描写は、「悲しい」というより「不快」ではないか。車椅子ごと窓から落とされる老人、路上にばらまかれた吐瀉物すら思わせるスープを舐め回す男、オブジェのごとく路上に転がる少年の遺体、ドイツ兵に無理矢理踊らされるユダヤ民衆。

 そこにドラマチックな演出は何一つない。センチメンタルなBGMなんて流れない。殺される老人や家族の表情のアップもない。「なんてことしやがるんだ」なんて激情に駆られた台詞もない。ほとんどは窓から見た風景でしかなく、シュピルマンの眼に映るもの以外は画面に登場しない。

 そしてシュピルマンは、ポランスキーの映画の主人公がほとんどそうであるように、間借りすることになる。地下活動家の部屋で、破壊された病院で、ひたすら待ち、飢えるシュピルマン。

 この映画の面白さは、別の誰かの部屋に住むことになる主人公シュピルマンの居心地の悪さだ。いつゲシュタポから急襲されるかもわからず、爆撃を食らうかもしれない不安。隣人の声が壁越しに聞こえる落ち着かなさ。訪れるはずの味方が現れず、芽を出してひからびたジャガイモしかキッチンにない苛立ち。こうした居心地悪さの産むサスペンスが、このアカデミー賞3部門受賞作の魅力だ。

 ポーランド系ユダヤ人のロマン・ポランスキー監督は、実は徹底して「ここにあらざる人の居心地の悪さ」を描く監督だ。英国で撮影した『反揆』は、姉と同居する妹が主人公。夜な夜な訪れる恋人との喘ぎ声や、自分のコップに入れられた姉の恋人の歯ブラシなどに不快を覚え、次第に自分を脅かす存在を自ら創造してしまう。

 オカルト映画ブーム時代に米国で撮った『ローズマリーの赤ちゃん』も同様だ。ニューヨークの有名なダコタハウスに引っ越してきた夫婦が、悪魔教徒の隣人たちに生活を犯されてしまう物語だった。

 フランスで製作し、自ら主演した『テナント』は、タイトル通り「間借人」の物語だ。フランスに移民してきた男がやっと借りたアパート。その窓から見える向いの部屋に映る包帯を巻いた女の姿や、隣人からの苦情、何者かが自分の生活に侵食してくる錯覚かも知れない不安。最後に彼は気がふれてしまう(なんとポランスキーの女装姿も見られる)。

 いずれも、いら立ちや不安など、およそ愉快とは思えぬ感情で最後まで映画を見せてしまう怪作だ。『戦場のピアニスト』も同種の映画と思って差し支えないだろう。ドイツ兵のコートを着たシュピルマンがロシヤ兵に殺されかける場面はブラックユーモア?

 観客を愉快に帰らせるために結末さえ変更するハリウッドにあって、大スターもアクションも出ない、ヒューマニズムすら描かれない、こんな「居心地の悪い」映画がアカデミー賞を受賞したことは1つのエポックメイキングではないか。日本でも30万人以上の動員とは、時代は変わっているかもしれない。

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