どこまでも身勝手な男の独白文『悪魔の弟子』
自分の取った行動の原因と責任を他人に求めることは、自分の内に求めることよりもたやすい。
本書は殺人容疑で収監された主人公が、かつての恋人であり、現在は検事の職にある土田という先輩に宛てた手紙の体裁を取るため、主人公の本当の人となりを見極めることは難しい。しかし、彼の言うことをそのまま受け取れば、生来は生真面目で実直な青年であった。
それが学校で土田と出会い、ホモセクシュアルな関係になり、悪徳の世界を教えられ、そして別の若い男に入れ込んだ土田に捨てられることで、彼は自身の性格が歪んでしまったと言う。
彼はこの点を指して、土田を悪魔と呼び、悪魔に魂を売った自分は悪魔の弟子だと自称する。
土田と別れた後、彼はすえ子という美しい女性と出会い、一度は救われた。しかしすえ子には許嫁がいた。結局二人は破局するに至り、彼はすえ子を一方的に恨んだ末、身持ちを崩して学校を辞めた。すえ子にも事情があり、望んで別れたわけではないのに、彼にはすえ子を思いやる気持ちがなかった。
エリートだったはずの彼は退学後、酒と睡眠薬を手放せず、食べるのも精一杯という生活を送るようになる。
その苦しい生活の中で、彼は露子という女と出会い結婚する。露子は彼を愛し、誠心誠意尽くすのだが、彼は露子を愛しておらず、露子の献身さと、彼女の持つ小金と、身体だけを求めて結婚したのだった。しかし、やがて彼は露子のその甲斐甲斐しさも鬱陶しく思うようになり、厳しく当たるようになる。恐らく、彼は自分の価値を全くないものと思い込みたいのに、露子がそれを許してくれないことから、露子を逆恨みしたのだろう。
そんな中、彼は、許嫁と死別し、女中と寂しく暮らすすえ子と偶然再会した。
再びすえ子への愛を燃やす彼には露子が一層邪魔に思えた。そこで、彼は露子を殺すことを思いつく。
しかし、彼は露子を殺すことができず、一方で手違いがあり、すえ子が死んでしまった。露子を殺す方法を書いた手紙の一部が見つかり、彼はすえ子殺しの容疑者として捕まるに至った。
そんな彼が、獄中からすえ子殺しを否定するために土田に事の顛末を記しているのが本作である。
彼は土田に、露子を殺そうとしたことは認めてその罪は償うが、すえ子は殺していないと告げる。そして土田なら、そのことを分かってくれるはずだと理解を求める。
死んだすえ子、殺されかけた露子からすれば身勝手な話である。土田にしても、過去の一点を持ち上げて、今日の彼の強行に結び付けられてはたまったものではない。
結局、すえ子、露子から見れば彼こそが悪魔のはずだ。しかし、悪魔の『弟子』を自称する彼は、責任の焦点をぼやかし、どこまでも身勝手な存在である。
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