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【百合短編小説】朱き林檎と揺れる華

 
『ねぇ、私たちの愛って罪なのかしらね』

 沙耶は朱莉のか細い白い両腕をつかみ、自分の胸元まで近づけると、彼女の薄い唇を無理やりに奪う。
 温かな唾液が口の中で絡み合い、お互いの遺伝子を確認しあうように溶け合っていく。

 朱莉はびくりと体を痙攣させながらも、抵抗することなく、沙耶の愛を受け入れる。
 舌先が歯茎に当たるたび、朱莉は体を震わせ、次第に肩の緊張が弛緩していくのが沙耶には手に取るように分かった。

 夕日で赤く染まる放課後の教室に、愛を啜りあう音だけが木霊する。
 沙耶が朱莉の唇から離れると、たらりと熱を帯びた愛が漏れ出し、床を濡らす。

「沙耶会長……そんな無理やり」
「会長だなんてこんな時に使わないで朱莉。今は昔みたいに沙耶ちゃんって呼んで」

「沙耶……ちゃん」
「いい子ね」

 そうして、彼女たちはもう一度唇を重ねた。
 校庭では、サッカー部がうるさいほどに掛け声を出し、シュートの練習をしている。

「ねぇ、秋人くんはどこ?」
「あ、あそこに……」

 朱莉が指さす先には、サッカー部の練習風景があった。
 そしてその中の一人、夕日に当たって少しだけ髪の毛が赤みがかる短髪の青年に視線がいく。

「ふふ、見えちゃってるかな?」
「そ、そんな止めてください……一応彼氏なんですから」
「彼氏だなんて妬いちゃうわね」

 そういうと、沙耶は朱莉を窓際に立たせ、校庭側に背を向けさせる。

「ねぇ、もう少し進んでみない?」
「……え?」

 その瞬間、朱莉の全身に電流が走ったかのような衝撃を覚えた。
 甲高い声が彼女の喉から漏れる。
 朱莉は自分自身の恥じらいの声に驚き、沙耶はその声に微笑む。

「な、あ……やめ……」
「やめないよ。私を妬かせた罰だよ」

 白く細い太腿の裏側を沙耶の指先がなぞり、蛇行しながら這っていく。
 スカートの内側までするりと入り込むと、沙耶は朱莉の下着のゴム紐に指をかける。

「ねぇ、下ろしていい?」
「言いわけ……ないじゃないですか」

 ぷるぷると震えながら、朱莉が沙耶の肩を握る。
 振りほどくわけでもなく、力を入れるわけでもなく、ただそっと添えている。

 言葉と体が反転する。
 愛が故の反応が、沙耶の感情をくすぐった。
 沙耶は朱莉の耳元に顔を近づける。

「好きだよ」

 囁いた声が、朱莉の弱い部分を鷲掴む。
 そして、沙耶の温かな吐息が耳を撫でまわし、朱莉の心が蕩けだす。
 朱莉の震えはぴたりと止まり、沙耶の肩をぐっと胸元へと引き寄せる。

「私も……好きだよ沙耶」
 朱莉は人が変わるように、右腕を沙耶のスカートの中へと入れ、白い太ももの内側を撫でまわし、人差し指を下着の内側へと入れ込んだ。

「温かいね」
「そんな……私はそこまで……してな」

「しちゃいけないの?」
「それは……。意地悪しないで……」

「可愛いね、沙耶。子犬みたいよ」
「そんな……私は子犬なんかじゃ……」

 すると廊下のほうからカツカツと足音が聞こえた。

「ほら誰か来ちゃうよ、沙耶」
 そういいながらも、朱莉の指は深く奥へと挿っていく。

「だめ、早く抜いて……」
「後輩なんかにこんなことされてるの見られたら威厳なんて保てないわね……生徒会長さん」
「朱莉……だめ」

 沙耶の表情が蕩けだし、もはや思考が停止する。
 廊下の足音が彼女たちのいる教室を通り過ぎていく。

 朱莉は沙耶を左腕で支えながら、ほんの少しだけ隙間の空いた教室の扉をじっと見つめた。
 足音がちょうどその隙間に差し掛かった瞬間、その人影がこちらを向き、朱莉と目を合わせた。

 朱莉はその視線を合わせながら、その人影に向かって舌なめずりをする。
 その人影は急ぐようにその隙間から消えていった。

「ねぇ、沙耶。大丈夫?」
「だいじょうぶなわけ……ない……でしょ」

 がくりと膝を落とし、沙耶は息を上げる。
 朱莉は片膝を下ろし、沙耶の耳元に顔を近づけた。

「続きは……私の部屋でね?」

 誘惑の甘い声が、沙耶の感情を昂らせ、麻痺させる。
 朱莉がくすりと笑うと、沙耶の頭の後ろに手を回し、そのまま引き寄せるようにして、強引に沙耶と唇を重ねた。

 その時、カランカランと廊下でペンが落ちた音が聞こえた。
 その音に沙耶はびくりと硬直し、震えだす。

「大丈夫よ、誰もいないわ」

 朱莉は沙耶の頭を撫で、落ち着かせた。
 教室の扉の隙間からは、もう誰も見えていない。

 だが、気配だけを朱莉は感じ取っていた。
 愛に飢えた獣の勘は鋭く、そして悪どい。

 教室と教室の間の柱には、その隙間から見えぬよう注意しながら、北条佳織が座り込んでいた。
 制服の胸元には風紀委員の校章が、夕日に反射し輝いている。

「沙耶さん……」
 北条の鉄仮面のような清廉な表情が見る影もなく、顔のこわばりが緩み切り、不安な表情に変わっている。
 口を右手で押さえながら、自分の息を殺していた。

 立ち去ろうとしたが、もはや自分の疼きを止めることは出来ない。
 左手を自分のスカートに突っ込むと、まさぐる様に感部を触り続けた。

 朱莉は北条が沙耶を好きでいることを知っている。
 北条は年下のくせにと悪態をつきながらも、彼女はそれを羨ましくも思い、妬ましくも感じた。

 好きな人の情事なんて魅せつけられたものだから、北条の中に渦巻く感情が大火のように燃え上がる。
 そんな感情とは裏腹に、彼女の指は快楽を支配していた。

「私も愛してよ……沙耶さん」
 北条はか細く虚空に向かって呟いた。


 もつれた愛が、夕日と重なり朱くなる。
 罪ゆえに愛し合う者たちは、何気ない放課後を百合色に染めていった。


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静 霧一/小説
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